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あくまでも!  作者: 壱原優一
第二章 悪魔狩り
7/23

[I]

 秋村楓、池内美咲、沢渡健吾が通い、白木百が教鞭を取る第三敬天学園から、歩いて十分ほどの距離にある最寄り駅に、一組の少女と青年が降り立った。時刻は午前零時を回ろうかというところであり、先の電車が終電であった。ホームには酔い潰れたサラリーマンの姿すらなく、しんと静まり返っていた。もしも人がいたならば、その二人にきっと物珍しげな視線を送っていたことだろう。

 蛍光灯に照らされる少女の髪は銀色をしていた。やわらかな白金髪は、セミロングと呼ばれるほどの長さだ。肌は陶器のように白く、目は晴天さながらの青色をしていた。背は低く、また童顔である為中学生のようだが、年齢は高校二年生相当である。ただ、胸だけは超高校生級であったが。しかし、学校には通っておらず、世界中を逃げるように飛び回っている。

 青年の髪は黒色かつ短髪、瞳も黒色、肌の色は褐色であり、背は高い、と対照的である。また、目つきが鋭く、その肢体は細身ながらも筋肉質である。年齢は二十代中頃であろうか。少女と青年とでは、まさしく大人と子供である。また、長袖のシャツの為に外から見えることはないが、青年の右腕には蛇の刺青が肘から手首までを巻いていた。

 共に端整な顔立ちをしており、美男美少女、あるいは主人と従者のような印象を、見る者には与えることだろう。

 静まり返った世界に、ぱらぱらと水の舞い落ちる音が聞こえた。

「……雨ね」

 そう呟いた少女の名はマトリョーナ・カラス。愛称マチヤ。ロシア出身。悪魔殺しである。

「これを」

 そう言って、置き忘れられた傘を差し出す青年の愛称は、アンドリュー。種族は悪魔。

 悪魔を従えた“悪魔殺し”と“悪魔殺し”に従う悪魔、相容れるとは到底思えぬ二人が、本日、六月一日に、秋村楓の傍に降り立ったのであった。



 どうやら、床の上で寝ていたらしい。体の痛みで目を覚ますと、私の顔を覗き込むように、美咲の顔がすぐ傍にあった。

 なんで? どうしてここに? 疑問符が頭の上をぐるぐると回っていたが、その美咲は耳障りな声音をもって「よお」と発した。

「ぶべら!」

 瞬間、私の右手がそれの頬をはたいていた。思わず、だった。あまりにも凄惨な音を響かせた為、強烈なビンタだったな、と他人事のように理解した。

「なにしやが──」バチン!

 今度は明確な意思の元で、返す刀をお見舞いしてやった。美咲と同じ顔をぶったということに、少なからず興奮していた。

「汚らわしい声で喋るな」

 それでようやく察したのか、美咲の姿をしたソレは口を開くことをやめた。

 私は起き上がって伸びをしながら、昨夜からずっと握り締めていたらしいケータイを操作する。幾つかの録音ファイルから一つを選んで、ミサキに聞くよう促した。しばらく聞きながらふんふんと頷いていたが、それが終わると「これでいいかしら?」と、美咲と同じ声で訊ねてきた。

「え、ええ」

 顔、声、口調、池内美咲と同じものを持った怪異が上半身を鏡の中から飛び出している。さながら、最近流行の3Dのようだ。なんだか、ドキドキしてきた。

「折角、本物との区別が付くように、声だけ元のままにしたのに」

「余計なお世話よ。池内美咲として私のものになる、代わりに死後私を貴方にものにする」

「いらないって言ってるのに」

 昨夜と同じようなことを言う。しかし、こっちは貴方を縛り付けておきたいのだ。

「いらなくても、そのくらいの契約しておかないとどこか行っちゃうでしょ」

「信用ないわねぇ」

「悪魔ですから」

 くすりとミサキが笑った。ジョークではないのだが、悪魔の笑いのツボはわからない。

「まぁ、こっちも呼び出された以上は何かしないとならないし、願い事には代償つけなきゃならないし、勝手に決めてくれてそれはそれで助かるんだけどね」

「ふぅん。ま、悪魔事情なんて興味ないけど」

 他の悪魔に会うこともないだろうし、どうでもいいことだ。

「一応言っておくけど、キャンセルなしだからね?」

「しないわよ」

「そう? もし、本物が手に入ったら?」

 心臓が、跳ねた。ミサキが、まるで捨てられた子犬のような表情をしていた。

 美咲の顔で、それは卑怯だ。

「……ありえないわよ」

 視線を逸らしながら、私はそう断言した。

 そう、ありえない。だから、こいつを呼び出したのだ。ニセモノでもいいから、悪魔でもいいから、私は池内美咲が欲しかった。

「いいこいいこしてあげる」

 鏡の中から精一杯手を伸ばして、ミサキは私の頭を優しく撫でた。美咲にもしてもらったことがあったけど、その時とよく似た手つきだった。けれどもミサキの浮かべる表情に、哀れみのような感情が見え隠れしていて、不愉快だった。

 あくまでも、悪魔でも私は、それをミサキだと思うことにした。

 美咲のようで美咲でない、限りなく本物に近くどうしようもなくニセモノな、ミサキだ。

 私にとってそれは、最後の池内美咲なのだ。

 着替えを終わらせてから、またクローゼットを開けた。美咲にしろ悪魔にしろ、着替えを見られるのは恥ずかしいからだ。急に光が入ってきた為か、鏡の向こうでミサキは目をしばたかせていた。

「うぅん、眩しい」

「ごめんごめん」

「ガッコウへ行くのね」

 今日は月曜日で、平日だ。行くしかあるまい。問題はこの子をどうするか、なのだが。

「この鏡から、別の、例えば学校のトイレとかの鏡に移動できる?」

 ダメ元で聞いてみると、ミサキはふるふると首を横に振った。

「今の私は、謂わば籠の中の鳥なのよ。昨日までの私なら空を飛べたんだけどね」

 あー、なるほど。契約で縛ったから、か。そりゃそうよね、昨日どうやってこの鏡に来たのかと言ったら、無数の鏡の中を移動してきたんだろうし。

「だから、飼い主の許可があれば別の鏡に移動できるわよ」

「ほんと?」

「ただし、合わせ鏡をして道を作ってくれないと」

 道? 私は首を傾げて訊ねてみた。

「道と言うか、扉と言うか。まぁとにかく、この鏡と別の鏡を合わせ鏡にしたら、別の鏡に自由に移動できるようになるの」

「へえ」

 じゃあ、と思って私は机の引き出しからコンパクトを取り出した。手の中にすっぽりと収まるほどの小ささだ。

「こんなのでも?」

 とそれを開いて鏡面をミサキのいる鏡と向き合わせた。

「ええ」

 そう言った頃には、ミサキはコンパクトの小さな鏡の中に存在していた。先ほどまでの等身大のミサキとは違って、顔だけが窺える。ここからも体の一部を出したり出来るのだろうか。そんな疑問が過ぎったが、まぁそれは後でいっか。

 階下から、お母さんの呼ぶ声が聞こえた。時計を見ると、普段朝食を食べる時間にもうなっていた。パタンとコンパクトを閉じてポケットへと仕舞い込んだ。そしてクローゼットを閉じようとすると、そこにはミサキがいた。

「と、こんな具合に行き来が出来るようになったわ」

「なるほど」

「私のいる鏡で合わせ鏡をすればいいから、そっちのコンパクトでも増やせるわね」

 とは言え、持ち運びの出来るコンパクトが一番利便性に適っているような気がする。

「あともいっこ、テレパシーも出来るわ」

「脳内に直接声を送れるってこと?」

「ええ。鏡に向かって話す人なんて、変でしょう?」

 確かに。よくてナルシスト、悪くて狂人のごとき扱いを受けることだろう。しかも、会話相手は悪魔だ。絶対に病院に行くことになる、頭の病院に。

「ただし、私のいる鏡の近くにいる時だけね」

 なんだか都合のいい能力が揃ってるなぁ、とちょっとだけ思った。悪魔だから、そんなものなのかもしれないけど。

 っと、またお母さんが呼んでる。

「早いとこ行きましょう」とミサキの声が頭の中で聞こえた。

 初めての経験に戸惑いつつも、うん、と心の中で頷いた。戸惑っている様子も伝わったのか、ミサキが小さく笑ったような気がした。

 ところで、これってプライバシーあるのかな。

「意識してなければ伝わらないわ」とまた脳内でミサキが囁く。

 それなら安心だ。

 教室の扉を開けると、ちょうどお手洗いにでも行こうとしていたのか、美咲とばったりと顔を付き合わせた。

「あ……おはよう、楓ちゃん」

「おはよっ、美咲」

「元気……そうね」

 そうかもしれない。今までの陰鬱とした気持ちはすっかりとなくなって、色々と吹っ切れたような気分だ。

「昨日はよく眠れたから」

「そう……あまり、夜更かししないようにね」

「美咲もね」

 大丈夫だと思うけど。よっぽど面白い本に出会わない限りは。

「私は毎日快眠よ。それじゃあ、私はちょっと……」

「あ、引き止めてごめんね」

「いいえ。また後でね」

 小さく手を振りながら、美咲は廊下の向こうへと駆けて行った。

 自分の席に着いて「ふぅ」っと一息吐くと、隣で一時間目の予習をしていたらしい委員長に声を掛けられた。今日はまだ眉間がつるつるだ。

「お疲れ?」

「ううん、そういうわけじゃないよ」

 正直にそう言ったのだけど、彼女の眉間に浅く皺が刻まれた。

「でも秋村さん、最近疲れたような顔してたから」

「寝不足でねー。昨日はちゃんと寝れたから平気よ。心配してくれてありがとうね」

「べ、別に、クラスメイトだし、普通のことです。委員長だし」

 眉間の皺が消えて頬が少し赤くなった。あまり見たことのない表情をしたものだから、少し可愛いなと私は思った。お礼言われるのに慣れてないのかな。ぷいっとそっぽを向いて、教科書を読み始めたのでそれ以上は何も言わなかった。

 ああ、なんだか、こんなのは久しぶりだ。周りを見る余裕があると言うか、穏やかな心持ちと言うか。ずっとずっと、二つの気持ちがせめぎ合いを続けていたものだから。それがすっと溶けてなくなったみたい。

 ……うん、大丈夫だ。

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