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あくまでも!  作者: 壱原優一
第一章 秋村楓
6/23

「ごめんなさい。今日も彼と約束していて」


 そんな言葉を私は二週間も聞き続けていた。

 私が図書室へ行ったあの日から、ずっと、美咲と私と帰ってはくれない。

 お昼は一緒だし、休み時間にだって話す。

 でも、放課後はずっと一人だ。

 もうすぐ六月になる。

 じめじめとした空気が近づいてくるのを感じる。

 カビが生えそうだった。いや、きっともう生えていたのだろう。

 私の中の何者かが、もう限界だと告げた。

 クローゼットの扉の裏には鏡が貼り付けてある。いわゆる姿見だ。

 鏡の中の私は、自分でも怖い顔をしているように感じられた。

 二日ほど前に、気晴らしに行ったゲーセンで会った上杉には「昼間から公園に居るリーマンみたいな顔してんな」だなんて言われた。

 最近、寝不足なのだ。

 寝付いても、すぐに目覚めてしまう。

 夢の中で美咲がキスをする。

 相手は私ではない。

 見せ付けるように、キスをする。

 彼女を汚している。

 目覚めると、自己嫌悪に苛まされる。

 その中でまた眠る。

 それを朝まで繰り返す。

 心配そうな顔をした美咲が、脳裏に浮かんだ。

 ごめん。

 私は鏡の前で大きく深呼吸をした。

 馬鹿げてる、と今でも思っている。

 信じているわけでもない。

 何をしようとしているのか、自分でも理解できない。

 それに、仮に呼び出せたところで、何を願うのか。

 何もわからない。

 私は、おかしくなっているのかもしれない。

 神頼みならぬ、悪魔頼み。

 気休めなのかな、したいのは。

 自分ではどうにも出来なくなった気持ちを、どうにかしたかった、のかもしれない。

 やっぱり自分でも、行動理由がよくわからない。

 考えがまとまらない。

 あるいは、そう、魔が差した、とでも言った理由なのかもしれなかった。

 子供染みたおまじないだと、自分に言い聞かせた。

 小学生の頃に聞いた、消しゴムに好きな人の名前を書いて使い切れば恋が叶うという、そんな他愛もないおまじないと、いっしょ。

 時刻は間も無く、午前二時。

 話に聞いた通りに、私は鏡に体の正面を向けて、そのまま首を真横に傾ける。

 右側でも左側でも構わないらしいので、右側に傾けた。

 ぐるぐるぐる。

 右回りに三回。

 ぐるぐるぐる。

 左回りに三回。

 そうしたら、両の手の薬指を折って、鏡に対して横を向く。

 そしてお辞儀、と言っても俯くだけでいいらしい。

 ここまで来たら、あとは一工程だけだ。

 二時丁度に、顔だけ横を向いて、鏡を見る。

 するとそこには、なんでも願いを叶える悪魔がいる、とのことだ。

 ありえない。

 そう思っていても、心臓が早鐘のように鳴っていた。

 じんわりと、汗までもがにじみ出てくる。

 ケータイの時計を確認すると、一時五十九分だった。

 ……。

 パッと画面が光り、数字の一が二へと変わる。

 それを見るやすぐに、鏡の方へと向き直る。

 そこには、ただ、私がいるだけだった。


 腕を組み、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべた私が、ぬうっと、鏡の中から上半身だけを出現させて、こう言った。


「よお、お客さん。ご注文は?」と。


 ひっ、と小さな悲鳴をあげて、私はその場にへたりこんでしまった。

 すると“私”は笑みを崩さぬままに、


「へいへいピッチャー、ビビってるぅ。自分の顔見て腰抜かすって、どんだけ……おっと、女にゃ流石に言えねえなぁ」


 などとのたまった。

 風邪を引いた時のような、ガラガラにしゃがれた声だった。

 わけがわからなかったが、馬鹿にされていることは直感的に察した。

 何か言い返そうと思って、口を開いてみるが「あ……う……」と情けなく声を漏らすだけだった。

 それを見て“私”は大口を開け、ケタケタと笑った。


「卑しい金魚みてえな奴だなぁおい。あ、お口パクパクってことな」


 今度は、確かに馬鹿にされていると、理解できた。

 驚き、そして未知への恐怖、それを通り過ぎて、怒りと不快感が生じてきた。


「貴方……なんなの……?」


 色々と言いたい事はあったが、とりあえず、目の前の存在を受け入れ、その素性を訊いてみることにした。

 怪異の素性なんて、妙な話ではあるが。


「だーかーらー“鏡の中のアクマ”だってぇ。お前さんが呼んだんだろう?」


 本物……と考えていいのだろうか。

 しかし、怪異が嘘を吐かない、なんて話は聞いたことがないが、おおよその怪談では嘘を吐くところを見たことはない。

 いや、嵌めようと思って嘘を吐くパターンも、あるにはある、か。

 そんな疑惑の視線を感じ取ったのか、そいつは指先を顎に添えて、考えるような素振りを取った。


「んーんーんー、どうやって証明しよっかな。そだ、サービスでなんか叶えてやろうか? 本当なら、お代を頂くところだぜぇ?」


 願い事を叶えることが悪魔であることの証明だとは思わないが、私は悪魔ではなく願い事を叶える存在を呼ぼうとしたようなものだし、こんな風に言ってくるということは、そんな不可思議で超常的な力を持っているも同然だろう。


「ううん。信じることに、する」


 とりあえず、だけどね。


「なんだ欲ねーなー。もしかしてあれか、怪異の存在を証明したくて呼んだ口? たまにいるんだよなー、そういう奇特な輩。ぶっちゃけ営業妨害なんだよねぇ」

「それは、大丈夫。ちゃんと、叶えたいこと、あるから」


 そうだ、私には叶えたい願望がある。

 そしてそれは、タダでやってもらうようなことではないし、きっと口にした途端に「やっぱタダはなしで」と言うに違いない。

 ほんの数分会話をしただけだが、お茶らけた性格であることはわかった、口約束なんて簡単にひっくり返すことだろう。

 やっぱり、悪魔は契約で、縛らなければならない存在だ。


「ほうほう、それでそれで?」


 待ってましたとばかりに、そいつは手もみをしながら、より一層笑みを濃くした。

 ここで願い事を言ったら、ダメだ。

 まずは確約させないとならない。だから私は破格の条件を提示する。


「私の死後に」

「おおう?」

「私の体と、魂をあげる」

「おおう! ってテメェ馬鹿か!」


 馬鹿なのは自分でも、ようくわかっている。

 だが、生憎と私は自分の死んだ後に、どんな目にあおうとも


「んなもんいらねえし!」


 ……って、あれ? なんて言ったこいつ?


「いるんだよなぁ、そういう勘違いしてるやつぅ。いやさ、そういう奴も、いるにはいるけどね? でも怪異にも個体差ってのがあるわけよ。俺様はいらんわ、そんなもん」

「ま、待ってよ!」


 私は慌てた。


「てっかよう、そんな深刻そうな願い叶えられると思えねーし。もっとなんつーの、ちゃんとした悪魔呼んだほうがよくね?」


 まさか、こんなことになるなんて!


「待って! せめて、話を聞いてからにしてくれない?」

「でもなぁ」

「お願いだから!」


 ここでこいつの存在を逃がすわけにはいかなかった。

 ちゃんとした悪魔ですって?

 そんな呼べるかどうかもわからないものよりも、今呼べたこいつの方が確実じゃない!


「はぁ……しょーがないにゃあ」

「よっし!」


 聞け、聞かない、の応酬の果てに、先に折れたのはアクマの方だった。

 ほっと安心したら、急に眠気が襲ってきた。

 気付けばもうすぐ三時だった。


「で、願いは?」


 まぶたが今にも落ちそうだ。


「私の……願いは……」


 がくん、と体の支えがなくなる。

 その間際に、私は己の身と魂を賭けた願いを、告げた。


「……おっけぃ」


 鏡の中で“私”が微笑んでいた。愉快そうに、嬉しそうに。

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