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あくまでも!  作者: 壱原優一
第一章 秋村楓
4/23

 学校近くに明るい雰囲気の喫茶店がある。

 値段が手ごろでメニューも豊富という、学生を意識したお店だ。

 店内を流れる音楽はジャズが多い、そこは学生向けではないと思うけど、私は好きで美咲も好きだ。

 マスターも朗らかな感じのお爺ちゃんだし、気持ちよく放課後を楽しめるお店として重宝している学生、特に女子は多い。

 ケーキがこれまた美味しいのだ。

 今日はいつもよりは人が少ないようだけど。

 沢渡から恋愛小説を借りた美咲は、それがかなりのツボに入ったようで、放課後に喫茶店に寄って紅茶を楽しんでいる今もその話ばかりをしている。

 それはもう、うっとりとした表情を浮かべていた。

 悪く言えば、夢見る夢子ちゃんのよう。


「よっぽど素敵だったのね」と多少非難めいた声音で私は言ったと思うのだが、

 美咲は気づいていないのか「ええ、とっても!」と笑顔を振り撒いた。


 それがまた私の心をずっきゅーんと射抜くのだが、それにも気づかないのが、これまた腹立たしい。

 昼休みから話し続けてよく尽きないものだ。

 話しながらも新しい発見をするのか、あちらこちらへと話が飛ぶため相槌を打つ機械に徹している。

 時々同じ話をループしたりもする。


「一日で読み終えてしまったのは、ちょっと勿体無かったわね」


 それも聞いた。

 あとそのせいで寝不足だとも。

 授業中に舟をこぐ美咲が見れたのは非常に珍しいことだった。

 斜め後ろだから寝顔がよく見れなかったのが残念だったけど。


「もっとゆっくりと読めばよかった」

「で、また読むんでしょ?」


 さっきそう聞いたもの。


「ええ! 今度はじっくりと読むことにするわ」


 楽しそうに話すのは、まぁ、見ていて楽しい。

 でも、知らない話について延々と語られるのは、ほんと、なんて言ったものか。

 私も時々彼女に対してゲームの話を振るのだが、多分その時の彼女の心情というのはこんなものだったのだろう。

 妙に疲れる、相槌打つのも。

 だからかもしれない、今度一緒にゲームをやってみたいと言うのも。

 知らない話よりは、少しでも知ってる話がいい、と。

 まったく同感である。

 美咲がそんなに「よかった」を連呼するのだから、私もそれを読んでみようという気にもなってきた。

 そう告げると美咲は是非に、かなり食い気味に頷いた。


「沢渡くんに返す時にでも聞いてみるわね」

「うん、ありがと」


 それでようやく、会話が途切れた。

 やれやとれという気持ちで私は紅茶を啜り、美咲はすっかりカラカラになっただろう喉に紅茶を流し込んだ。

 一度会話が止まると、次の言葉はなかなか出てこないもので、しばらく二人ともケーキと紅茶に没頭した。

 食器の触れ合う音、他のお客さんの話し声。

 それらが私たちの間に侵入してくる。

 対話だけで人は個室を作るのだ。

 チョコレートのシフォンケーキをフォークで掬い上げる。

 チョコの苦味が添えられて、生クリームの甘さをより強く感じさせた。

 美咲はアップルパイを食べている。

 店名が「林檎」だけあって、ここの看板メニューの一つである。

 煮詰めた林檎の香りがこちらまで漂ってくる。

 隣の芝生は青い、とはよく言ったものだ。

 フォークで切るとサクッとパイ生地の割れる音がして、カスタードクリームと黄金色の林檎が姿を見せた。

 まぁ、流石にねだるほど子供ではない。恥ずかしいし。

 逆に美咲にねだられたら、ほいほい渡してしまうだろうけど。

 けど代わりに、あーん、なんてしちゃったりなんかして。

「ちょっとそれは恥ずかしいわ」なんて頬を染めちゃったりして。


「いいからいいから」

「でも……」

「ほら、あーん」

「……あーん」


 なんちゃってなんちゃって!

 っと、ちょっと妄想の世界にトリップし過ぎた。

 紅茶を口に含んで気持ちを落ち着かせる。いい香りだ、種類はわからないけど。

 カチャンとカップをソーサラーに置いて、美咲が口を開いた。


「楓ちゃんはさ」

「うん」


 ……。

 ……ん?

 続く言葉を待てども、美咲は陸上の魚のように口をパクパクするばかりで、仕舞いにはまた口を閉ざしてしまった。

 目が泳いでさえいる。


「……それで、なに?」

「えっと……その、ね」

「うん」

「楓ちゃんは」

「私?」

「好きな人とか」


 あー……。


「いるのかなって」


 感化されてるなぁ。


「ちょっと思っただけ」

「いないよ」と私はさらりと答えた。


 もしも聞かれるようなことがあったら、ずっとこう答えるつもりだった。

 シミュレーションもばっちりで、当然のことのように言えたはずだ。


「……そっか」


 美咲は納得したように小さく頷いた。

 これは、チャンス、かもしれない。

 美咲に好きな人がいるかどうか、この流れなら訊ける!

 でも、いたらどうする?

 相手が誰なのか訊くまでの勇気はない。

 いや、一個人の素性などどうでもいい。

 いると言われたその時点で、私の失恋は確定しているのだ。

 ……チャンスじゃないじゃない。

 訊けるわけないじゃない!

 けれども、一度生まれた流れは、止まることがなかった。


「私はね」


 その呟くような声で、私は悟る。

 絶望感が全身を襲った。

 大きなうねりの前に、人はただ立ち尽くすしかない。


「いるんだ」


 人は、何物にも縛られてはいないのだ。

 その時私はそんなことを思った。

 ゲームなら、システムが堰き止めてくれるのに。


「好きな人」


 その時、私はどんな顔をしていただろう。

 一度も想像しなかった未来ではない。むしろ、何度だって想像してきた。

 いや、何度か経験もしてきた。慣れっこだ。

 だからある程度、覚悟みたいなものはしていたと思う。

 だから多分、普通の顔をしていたんだと思う。

 少なくとも、泣き顔にも、泣きそうな顔にもなってはいなかったはずだ。

 その時、美咲はどんな顔をしていたか。

 頬は微かに桃色をしていて、私を見つめたまま逸らさずにいた。

 私の言葉を待っていた。


「そうなんだ」と答えて、私の方から目を逸らした。


 カウンターの奥でマスターは何やら料理をしているみたいだった。

 私もナポリタンでも食べたい気分だった。粉チーズをたっぷりと振り掛けて頂きたかった。


 そのまま私は「どんな人?」と訊ねた。


 流石にこれでスルーしてしまうのは、不自然なことだと考えたからだ。

 けれど「誰?」なんて直球を投げることは出来なかった。

 知りたくなかった。

 きっと美咲なら、平然と答えてしまうだろうから。


「そうねぇ……」と言って美咲は紅茶を啜る。


 私はケーキを一掬い。


「面白い人よ。あと、可愛いとこもあるわ」

「へー。顔とかは?」

「普通なんじゃないかしら」


 美咲は少々人の顔の美醜に鈍感なところがあるから、あまりアテにはならないな。

 そう言いながらとんでもないイケメンかもしれないし、こう言ってはなんだがブサイクかもしれない。

 本当に普通な可能性が一番高いとは思うけど。


「趣味は?」

「ふふ、まるでお見合いね。……ゲームとか好きらしいわ」


 ……ああ、そう。

 だからなのね。

 どうやらマヌケが一人見つかったみたいね。

 私とゲームがしたかったわけではないのね。


「……ゲーム好きは、偏屈なの多いよ」


 無論、私含めて。

 嫉妬心は醜い、なんてよく言われるけど、自分のものでも醜いと思うものなのね。


 そんな気持ちを知ってか知らずか「貴女もゲーム好きでしょ。そんなに多くないわよ」なんて言いながらくすくすと笑った。


 美咲の好感度がさがった!

 なんてね。

 あがったところで美咲ルートに入れるわけでもなし。


「そろそろ帰ろっか」


 時計を見れば五時だった。

 帰り時としては、いい区切りだった。


「……そうね」


 美咲も同意して、まだ僅かに残るケーキと紅茶を楽しむため、再び沈黙した。

 結局お店を出たのはそれから二十分後のことだった。

 その間会話はなかった。

 お店を出た後も、さっきの話には戻らなかった。

 明日の授業の予定とか話して、英語があるから予習しなさいね、わからなかったメールしなさいね、と忠告を受けたり、ニュースで小耳に挟んだ政治的なことをよくわかっていないまま語ってみたり、道中すれ違った金髪でツンツン頭で顔中ピアスだらけの男性を見て凄いねなんて話してみたり、二人して話題探しに奔走していた。



 家に着いた私は帰宅の挨拶もそこそこに、部屋へと向かって制服を脱ぎ捨てた。

 下着姿のままベッドに倒れこむ。

 そのまま眠ってしまいたかった。

 けれどそういう時に限って、目は冴えてしまうのだった。

 ゲーム好きで、普通の顔で、面白くて、時々可愛い、そんな男のことを考える。

 男で可愛いなんて、と思ったけど、今時そんなのはたくさんいるんだよね。

 うちのクラスにもちょっと背が低めで童顔だから女子から可愛いと言われてる男子はいるし。

 そもそも見た目の話じゃないかも、女子が、というか美咲が、男子のどこを可愛いと思うのかなんて想像も出来ない。

 子供っぽいところを可愛いと思うのかもしれないし、何かに一生懸命なところを可愛いと思うのかもしれない。

 誰にでも当て嵌まりそうなものだ。

 面白いに関してもそうだ。

 バカなことに一生懸命なのが面白いのかもしれないし、スベらない話を延々としてくれるから面白いのかもしれない。

 美咲が男子のどこを面白いと感じるかなんて……。

 ゲーム好き?

 ゲームが好きじゃない男子を探す方が難しくない?

 つまり、無難な答えだったんだ。はぐらかされたみたい。

 結局のところ確かなのは、美咲に好きな人がいる、ということだけで、その実体は何も掴めていないじゃない。

 まぁ、掴んだからどうしたって話でもある。

 池内美咲は、嘘つき。

 ……嘘つきは言い過ぎた、ごめん。

 よっぽど詳細な特徴を聞かない限り、人間なんてそう大きく違うはずもないのだ。

 優しい人は少なくないし、面白い人も少なくない、つまらない人も少なくないし、いじわるな人も少なくない。

 それらを複合した人だって少なくはない、人は誰しも多面性を持っているんだから。

 ある個人の人物像は、もっともっと、多くの要素が備わっているものだ。

 だから、はぐらかされたっていうのも、私の被害妄想だ、ごめん。

 もう一度、美咲の好きな人のことを考えた。

 どんな人なんだろう。

 どこを好きになったんだろう。

 告白はしないのだろうか。

 私は起き上がって、置き去りにされた制服のスカートから携帯電話を取り出した。

 そして新しいメールを作成する。


「告白はしないの?」と。


 それだけの文章を打ち込み、あとは送信ボタンを押すだけ。

 でも、これを送ったら、どうなるだろう。

 ……きっと、彼女の背中を押すことになる。

 でも「しない」って返ってきたら、私は安心できる。

 迷って迷って迷って、私は決めた。

 返信はすぐに来た。


「告白されたいタイプなの」と書かれていた。


 私はすぐに「なんで?」と返した。


 すると「女の子ならやっぱり、好きな人に告白されたくない?」と返ってきた。


 池内美咲はロマンチスト。

 私はそれに大いに同意した。

 私だって、美咲に告白されたら、すぐにでも死んでいいとさえ思っている。

 それに安心できる。

 自分から告白して、受け入れられても、本当なのかなって思ってしまうから。

 ……いや、向こうから告白されても、冗談だと思うな。

 最初は舞い上がっても、きっとすぐに、思い直す。

 女同士だもん。安心なんて出来やしない。フラれてしまうこと以外には。

 やっぱりねって思えるのは、その時だけだ。

 ついでに英語の教科書を引っ張り出して、ちょっとよくわからないところを解説してもらった。

 それが終わる頃には夕飯の時間になっていて、私はようやく寝巻きに着替えたのだった。

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