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あくまでも!  作者: 壱原優一
第二章 悪魔狩り
14/23

[VIII]

 学校に行こうか、どうしようか、直前まで迷った挙句に行くことにした。マチヤに会うのは怖かったけど、先生との約束を守ってくれるなら、学校ほど安全なところはないのだから。

 教室に入ると、マチヤが手を振りつつ駆け寄ってきた。

「おはようございますっ、カエデ!」

 鳩が豆鉄砲を食らった、という言葉はこういう時に使うのだと知った。昨日もちらと思ったけど、この子とんだ猫かぶりだ。

 私も笑顔を取り繕って「おはよう、マチヤさん」と返す。クラスメイトたちもやってきて、

「いつの間に仲良くなったのー?」

 なんて暢気なことを口々に言ってきた。適当に笑って誤魔化すとマチヤが「放課後、学校案内してもらったんです」なんて言い訳をかました。

 どきり、として、教室を見回す。じとーっとした目で、美咲がこっちを見ていたような気がしたけど、目が合うとぷいっと逸らされてしまった。

 あああ……先生に呼び出されたことに、なっていたのに……このボルシチ女め……。

 顔には出さずに心の中で罵倒する。ミサキが愉快そうに「あーらら」とのたまった。

 もうっ、なんなのっ。

 私にしては珍しく、マチヤと一緒に女子の輪に加わえられてしまい、美咲とこれっぽっちも話すことは出来なかった。最近また、ちゃんと友達やれてたのに……。

 お昼になると、美咲は一人で教室を出て行ってしまった。慌てて追いかけるが、人混みに邪魔されて中々背中に追いつけない。

「美咲、待って!」

 声を掛けても聞こえていないのか、……わざとなのか、後ろを振り返ることはなかった。けれども向かう先はいつも通りだった。屋上へと通じる階段で、ようやく彼女の背中に届いた。

「みーさーきっ」

 とんと肩を叩くと、一旦立ち止まってから、膨れ面をこちらに向けた。やっぱりこれかわいい。

「マチヤさんと食べるのかと思ってた」

「そんな仲良くないし、あの輪はちょっと、ね?」

 美咲ならわかってくれるはずだ。私にそんなコミュニケーション能力がないことくらい。

「でも、昨日案内したって言ってたし」

「それは、まぁ、本当」

「そ」

 美咲は鉄扉を開けて屋上へと出た。「待ってよ」と私もそれを追いかける。

「モモ先生に呼び出された後にね、委員長とマチヤさんに会って、でも委員長は用事があったらしくてね?」

 嘘ではない、はず。あの時はみんな帰ってたんだし。

「帰っちゃったから、私が」

 流石に言い訳がましいだろうか。そう思っていても、なんとか美咲に機嫌を直してもらおうと考えていた私は言葉が止まらなかった。

「ふふ」と美咲がやわらかく微笑んだ。

「冗談よ。別に怒ってない。あんまりも慌てた風だから、ちょっとからかいたくなっちゃった」

 そう言われて、ほっとした。本当に。

「私って怖いわー」なんてミサキが笑ったけど今は無視だ無視。

「さ、食べましょ」

 放課後には本当に久しぶりに、美咲と一緒に帰ることが出来た。

 彼女まで巻き込まれたらどうしよう、と不安がなかったわけではないが、誰かといる時には来ないだろうと、ある種の信頼があった。変な話だけどね。

 だから、もしやって来るならば、それは美咲と別れた後だ。

 久しぶりに、学校から一駅上がったところの街へ行ってみた。夏物の洋服を見てみたり、彼女が欲しいと言う本を買ったり、クレープを食べたり、ウィンドウショッピングをしながら街をプラプラとしてみた。

 そんなわけで、地元に着く頃には、夕日が沈もうかというところだった。

「何を考えているの?」ミサキが言う。

 貴女のことよ、とは言えなくて「将来のこと」なんて格好つけてみた。

「貴女とは、もう一ヶ月くらいにはなるのかしら」

 折角キリリと決めてみたのにスルーされた。ちょっと空しい。

「もうそんなになる?」

「七月になるもの」

 月日が経つのは、なんて早いことか。最近どおりで暑いわけだ。いや、これからもっともっと暑くなって、プール授業があって、美咲に泳ぎを教えたりなんかして、夏休みになるのか。多分その頃には、あの二人の仲はもっと進んでいるんだろうな、と切なく思った。

 でも友達だもん。好きになった人だもん。それに私には、ミサキがいるから、大丈夫。

「この一ヶ月は、楽しかったわ。わけのわからない願い事をして、ビンタをお見舞いされて、通り雨を慰めてあげたり、クッキーを食べたり……本当に、楽しかった」

「やめてよ、そんな」

 別れの挨拶、みたいな。

「ありがとうね」

 私は思わずコンパクトを取り出していた。彼女の顔を見たかった。どんな表情をしているか知らなくてはならなかった。

 鏡の中の彼女は、微笑んでいた。私に対してやわらかく、けれど自身に対しては憂いなどなく、後悔もなく、そして未来への展望もない笑顔だった。きゅうっと胸が痛んだ。

 ただの身代わりのつもりだったのに、どうしてこんなにも……こんなにも、この子は……。

 気付けば、辺りに人はなかった。私の家は大通りより脇道に入ったところにあるから、この時間帯でも人がいないのはおかしいことではない。けれど、夕飯の匂いも民家の笑い声も、いつも微かに聞こえる音が、聞こえなかった。

 非日常の世界に、いつの間にか私は埋没していた。それは、いつからだったのだろう。

 私はT字路に立っている。すぐそこに、公園が見える。

 走れば一分も経たずに家なのだが、前に進むことはついに叶わなかった。

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