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あくまでも!  作者: 壱原優一
第二章 悪魔狩り
13/23

[VII]

 秋村を校門前まで送り届けた後、私は再び生物科室に戻って、飲みかけのコーヒーを啜っていた。

 校内には徐々に人が戻ってきている。どうして一度学校を離れたかを、理解できるものはいないだろう。人払いは、人を無意識のうちにその場所から遠ざける術だ。ま、こっち側の人間がいないと思って手を抜いたのは失敗だったな。あいつが本気でやれば、私だって容易に追い出せたことだろう。

「にしても、あれはやばかったですぞ。カタカタカタ」

 お笑い骸骨がうるさい口を開いた。せめて口調が普通ならなぁ、と常々思う。

「格、と言うか、ものが違うからなー。本物の悪魔なんて初めて見た」

「流石の我も初見ですぞ。あれは殺されかねない。カタカタカタ」

 殺されとけばよかったのになぁ、と半分本気で思った。まぁこんなやつでもいないと、困るんだが。

「秋村殿はいい子ですな。我どころか、長老殿にまで帰りの挨拶なぞして」

「いい子なら、こっち側には来てないさ」

「んん! その理屈はありえなーい」ケタケタケタ。

 うぜえ。

 私だって秋村が悪い子だと言うつもりはないけど、あの子は多分、自分でこっち側に来たんだろうから。でなければ、縁を切ることを迷いはしない。そんな子がいい子だとは思わない。たとえ巻き込まれたのだとしても、幸せだなんて言い切ってしまうんだ。ちょっと……おかしいとさえ思う。私にはきっと、そう思える日は来ないだろう、怪異と出会って幸せだなんて。

 ピタリと、ジョニーの笑い声が止まった。

「でも、どうなるんでしょうなぁ、秋村殿は」

 神妙な声音でプラスチック製の骨格標本がぼやく。これが異常な姿なのだ。

 私はそれに「さぁな」とだけ答えた。私は彼女の味方ではない、どころか消極的な敵だと恨まれても仕方のないことをした。私個人としては、危険性はないから放置するつもりだったが、それをマチヤがどうにかするとしても、目的の為でも人間に危害を加えることはないと確信しているし、それはそれで秋村が日常へと帰るいい機会だとも思う。

 どちらにせよ、結果くらいは教師として、こちら側の住人として、見届けようとは思うが。

 一両日中にはケリがつくかな。

 骸骨が無意味に笑い、梟が欠伸のように一鳴きする。夕日が近づいてくる。もうすぐ見回りの時間だ。

 私はコーヒーを飲み干した。



 ベッドの上では、マチヤが足をバタつかせていた。

「あーもー!」

 マンションへと帰ってきてから、小一時間。彼女はずっとバタ足と声上げを何度も繰り返していた。時折疲れたのか、止まっても五分後にはすぐに再開し、埃を立てる。

 傍らに立つアンドリューは、その様子を呆れたように眺めていた。

 流石に一時間もそれを見続けていては飽きたのか、彼はマチヤに止めるように勧める。

「うるさい!」

「しかしだな、もう一時間もずっと駄々っ子のようだぞ」

「うるさいったら、うるさーい!」

 ヒステリックにマチヤは喚き続ける。

「あによっ、あの女!」

「それは、どっちのことかね」

「三人とも!」

 アンドリューの投げやりな相槌に、ますますマチヤの怒りのボルテージがあがっていく。

「わからずや! あんな女、とっとと人間を捨ててしまえばいいのよ! 向こうに行ったきり、帰ってこれなくなればいいのよ!」

 どっちも、と言いつつ、先ほどから悪口を挙げているのは秋村楓のことばかりであった。本人はまるでそのことに気付いていないようであったが。

「フム。……それが、キミの正義かね」

 ぽつりと彼が呟くと、マチヤはびくりと体を震わせた。

「馬鹿言わないで。次は、ちゃんとやるもん」

「俺が盗んでくれば、より確実なんだがな」

 にやにやと笑みを浮かべる悪魔に向けて、少女は静かに宣言した。

「私は、私のやり方で、やってやる」



 ちゃんと家に着くまで、気が気でなかった。いつどこから、またあのロシア少女が現れるか、ビクビクしっぱなしだった。そんな様子を見てミサキは「不審者みたいね」なんてからからと笑うものだから私は、自分の命の危機になんて余裕な、と憤慨せずにはいられなかった。

 扉を開け放ったクローゼットの前に私は座る。鏡の中のミサキは体育座りをして、眠そうに目を擦っていた。「眠いの?」と聞くと「そんなことないわよ」と欠伸混じりでミサキは答えた。彼女は怪異のくせに、眠くはなるらしい。夜も私が寝た後には寝てると聞いた。私もなんだか疲れてしまったし、寝てしまいたいのだが。

「ねぇミサキ」

「なぁに?」

「……なんでもない」

 それを聞いても、多分彼女は、私の望む答えを返すだけなのだろう。そう思うと私は何も言えなくなった。なのにミサキは、まるで見透かしたかのように、鏡の中から体を伸ばして、

「大好きよ」

 と耳元で囁いた。首に両腕を回して、ぎゅっと抱きしめられる。

 私はそこに美咲ではなく、ミサキを感じたのだった。

 だから、絶対に、守らなきゃ。

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