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ガロッツのブルース  作者: T長
case-04
4/6

ピンク色の夢を見せる犬が見る夢はピンクか

 

――だってそれぐらいしかできないから 〈デコ〉


 デコは、真っ白でふわふわした弾力のある体を引き伸ばして、幕のようにすっぽりとワーミ星人の体を包み込んだ。

 ワーミ星人は呻くような、拡散したテレパシイで

「ああ、いとしいひと」

 と言った。もちろんガロッツであるデコにはそのテレパシイはきこえない。けれどもデコは、デコのお客たちがデコの中に「いとしいひと」を見ている事を知っている。なぜなら「いとしいひと」の代わりを勤める事は、デコにとって、ただ一つの仕事であり、生き方だったからだ。

 様々な星の〈人間〉たちの、「いとしいひと」の代わりをする犬、ピンク・ガロッツ。デコたちモマ星犬は、ピンクガロッツの代表的な犬種である。モマ犬にはほぼあらゆる種の生き物との性行為が可能という、珍しい特性があった。自在に形を変えられるモマ犬の柔らかな体は、特に戦時中、多くの孤独な宇宙人類たちに快楽を与えてきた歴史を持っている。

 そのモマ犬を中心としたピンクガロッツたちを、マンション型の建物の中で、一室につき1匹ずつ分けて大量に飼い、客をとらせて儲けにする商売を、〈小屋〉と言った。

 戦後はおいしいビジネスだった〈小屋〉も、時代を経た今は非道徳的、退廃的だとして世間の風当たりが強く、衰退の一途を辿っている。デコの〈小屋〉を運営している背の高いヒルル星人も、ピンクガロッツのブリーダーとして一時は勢いのあった男だが、業界そのものが風前の灯火である中、もちろん彼も落ちぶれて、この惑星ラーテアのスラム街、イア85地区で、デコを含む数匹のモマ犬だけを使って商売している。

 デコは母親の代から彼の小屋にいたが、業績の不振に伴ってイライラをつのらせては暴力をふるう彼を、いつも、かわいそうなにんげんだなあ、と思っていた。


 その人が来るのはいつも、太陽が沈みかけた頃で、しかし毎日ではなくむしろ〈小屋〉の常連客としては少ない、30日に1度ほどの頻度でしかやって来ない。デコはいつ現れるかわからないその人を、夕日の差す小さな仕事部屋の中でプラグを片手に待ち続けている。

 初めて部屋にやって来た日、その人がデコに渡したプラグだ。

「聞こえるか?これはガロリンガルと言うんだ。俺の頭にも、あんたの言葉が判るようになるプラグが入っている」

 デコはその時生まれて初めて、ガロッツでない〈宇宙人類〉と話をした。

『ふわぉ……』

「聞こえてるかよ」

『きこえるよ。デコのもきこえてる?』

「聞こえる。デコってあんたの名前か」

『そー。デコ。わたしデコ。名前なの。母がつけてくれたの』

「似合ってる」

 オレンジ色の光に縁取られたその人はもちろんゼリー状不定形生物のデコとは全く違う姿の生き物だったけれども、頭部の、眼のような丸い大きな2つの半球がピカピカとまたたいて、その時彼は微笑んだのだと、なぜかデコには判ったのだった。

『あなたの名前は?』

 尋ねるとその人は照れくさそうに、ギザギザの口をとがらせ、

「俺は、ジェットンという。ここの窓の下をいつも通ってた。で、あんたに一言忠告すべき事がある……あんた、よく窓開けたまま仕事してただろ……下から見えてんだって、あんたの、その、〈してる〉姿がさ……見てたわけではないし、ちょっと、ほんと、ちょっとしか見てねえし、断じてわざとじゃねえんだが、つまり……」

 そんな事を言った。ジェットンが何を言いたかったのかデコはよく理解できなかった。けれど、どこか、何か心がほっこりと動いた。この人の〈いとしいだれか〉の代わりをしてあげたいな、と心底思った。

『よくわからないけどうれしいなー。デコうんとサービスします』

 長く伸ばした体で絡め取るように、デコはジェットンを引き寄せた。しかし。

「ちょっ、待て待て待て!違う違う!」

 ジェットンは座ったまま壁まで体を引いて、デコの仕事を拒んだのだった。

『ん?なにが?』

「何がじゃねーよ、あんた俺の話聞いてたか?窓閉めろって、お、俺はそれだけあんたに言おうと思って来ただけで……くっはぁ!やめろ!下垂体を刺激するなって……こらっ!」

 結局、その日ジェットンはデコに〈仕事〉をさせず、何だかよくわからない世間話のようなものをひとしきりしただけで帰ってしまった。デコは不思議だった。

 このひとは、なにをしにきたのだろーか

 それでも、デコは思ったのだ。

 また来ないかな、来ればいいな、と。


 一番最後に彼がやって来た日は、もう随分と前の、やはり夕方のこと。

「あれほど言っても窓閉めてねーんだなあんた……」

 ジェットンは、フカフカの床の上に腰をおろし、ため息をついた。

『なんで?』

 デコは首を傾げながら柔らかい、白い頭をジェットンに押し付けた。

「だからそれは……っつうかあんた何やってんだよ、おいっ」

『ん?しごと』

 触角の根元の辺りに、ひも状にした腕を絡め始めたデコを、ジェットンは押しのけた。

「俺の時はやんなくていいって言ってるだろ」

『じゃあなにしにきてるの?』

 ジェットンが来る度に訊いていることだったが、答えはいつも要領を得ない。今回も、同じだった。

「……知らねえよ」

 おかしな人間だなぁ、とデコは思う。だからといって嫌悪の感情が湧くわけではない。かつて一緒に仕事をしていたピンクガロッツたちの中には毎日泣いて暮らすもの、感情を殺して生きているものも多かったが、デコは客を愛する主義だった。どんなお客でも包み込んであげるのが、自分の仕事だと、デコは考えている。

『へんなの。おもしろい』

 コロンと横になって、デコがくすくす笑うと、へんなお客は抗議した。

「よけいなお世話だ。てか、あんたの方が変だろう」

『そう?』

「そうだよ」

 単純に会話のやりとりそのものが何だか楽しくなってしまって、デコはまたくすくすと笑った。

『そっかーへんかー』

「……」

 デコの逆さまになった視界の中で、逆さまのジェットンはじっとこちらを見つめていた。

『ん?』

 デコもジェットンの大きな眼球を見つめ返す。すると彼は、何故だかとても悲しげな顔をして、

「……今日はもう帰る」

 下を向いたまま、ゆっくり立ち上がった。

『えー、おしごと、またいらないの?おかね、もったいないよ』

デコは床に寝転んだまま尻尾で、扉に向かうジェットンに触れたが、足は止まらなかった。出て行く直前で一度だけ彼は振り返った。

「……デコ」

『ん?』

「窓、閉めろ」

『うん。またきてね』

 しかしその会話を最後に、ジェットンはまだ一度も姿を見せていない。


 どうして来なくなったのかな、

 デコは、暖かな丸い球体に変えた体でテック星人のお客を抱きしめながら、なぜジェットンが来なくなってしまったのかぼんやりと考えている。

 わからないことだらけだった。

 急に来なくなった理由、デコに〈仕事〉をさせない理由、それでも通ってきていた理由、窓を閉めろと言う理由、そして

 どうしてあのとき、あのひとは悲しい顔をしたのかな。

 何か悪いことをしただろうか、だとしたら謝りたいな、たくさんサービスするのにな。

 と、そこまで考えたところで客のテック星人が尖った頭部を発熱させ、何か感情を高ぶらせた気配が感じ取れたので、デコはとりとめもない思考を中断して、仕事に意識を集中させようとする。

 だいじょうぶよ、デコがあなたのいとしいひとの代わりをしてあげるから

 泣かないで

 球になった体を分裂させ、テック星人を囲む。ところがデコの意識はいくらもしないうちにまたそこからあらぬ所へ飛び火し始めた。

 そういえばジェットンのいとしいひとは、誰なのかな?

 私が代わりをつとめてあげなくてだいじょうぶなのかな?

 脳裏にフラッシュバックする、悲しげな表情。あれは、いとしいひとに手が届かない者の目ではなかっただろうか。直感的にデコはそのように思い当たった。体を分裂させるスピードが緩まる。

 あのひとは誰のかわりをしてほしいのかな?

 再び思考の海に沈みそうになった時、

 ぱん、

 テック星人が球体になったデコの横っ面をひっぱたいて立ち上がった。部屋に備え付けの機械に向かって何やら激しく触角を動かしてテレパシーを送っている。怒っているようだった。

 しばらくして〈小屋〉の管理をしているヒルル星人、つまりデコの飼い主が血相を変えてやって来た。




――おれは気分良く惑星ビールが呑みたいんだよ! 〈キュウ〉


 おれ、ガロッツだし頭悪ィから空気読むとか無理だし、大概人間のそんなの興味ねえしさ。でもさー飼い犬的にはさァ、飼い主にそんな辛気くさい面でいられっと、やっぱ気になんデショ?

 だから、エンラエの店で惑星ビール呑みながらおれ言ったの。

『何そのため息。ウンコでも詰まっ…ぶっは!だめだ自分で笑っちまったチキショー!』

 って。したらジェットンの奴、珍しく銀河ブランなんか煽りながら言うんだよ。

「例えばの話だけどよ、」

 ほうほう。たとえば何?

「例えば、人間の女が、もしお前に、愛してる、と言ったらお前どうする」

 それ聞いておれ、盛大にビール噴き出しちゃった。

『ニャーハハハハ!なんだよそれァよ~!ヒ~ヒヒヒヒヒ!はわー横っ腹がいたい!痛い痛い!ヘルプ!』

 のたうち回るおれにジェットンは舌打ちして、

「くそっ……てめえに相談したのが間違いだった」

 と暗い顔をした。いや悪かったよ、

『違ェのー!不意打ちだったから!そんな怒んないでヨ。てかどんな相談だよそれ!相談なら相談っぽく言ってくんねーと。おれ犬なんだからさァ』

 ビールでなんとか笑いを流し込む。落ち着いた所でジェットンは話し始めた。

「俺、こないだまでちょくちょく〈小屋〉行ってたじゃん、」

『ウン』

「いっつも同じピンガロんとこ行ってたんだけどよ、」

『ギャハ!マジ?えーそんなにいいのあの女』

「違ェよ、やってねえし」

 で、また惑星ビールを噴いちゃうおれ。今度は驚いたからなのね。あーんもったいねえよー。

『ちょ……じゃあ何しに行ってんだよう。意味ねーじゃんそれじゃ』

 だって〈小屋〉って人間がピンガロと交尾ごっこする店だしょ?全然意味ねーじゃん!おれは困惑した。なんでなんで?ジェットンの奴、ついに頭がおかしくなったの?て思って、惑星ビールおかわり。そしたらおれの飼い主は残ってた銀河ブランをグイッと飲み干し、呂律の回ってない舌で言いやがったんよ。

「だっからァ!俺はそのピンガロが好きなの!惚れてんのっ!悪かったなチクショー」

『ほぎゃ……まァじでェ?』

 エンラエの店から帰るグラウンドシップん中で、事の顛末を聞かされたおれは、素っ頓狂な声でそう言うしかなかった。

 だって何か、色々わかんねえ。そもそも惚れてんのに交尾しねー理由がよくわかんねー。

「やったら他の客と同じになっちまうだろ。アイツはピンガロなんだぞ。それが仕事なんだ。毎日俺以外の宇宙人類に抱かれてんだよ、見たくもねーのに、あのバカ窓開けてっから見えちまうしよ」

 って、ジェットンは言ったけど、おれからしたらお前と他の客と何が違うのか全然わかんねー。要はメス犬と交尾してーんじゃないの?

『つーか、交尾以外、することある?』

「……しゃ…喋ったり…」

 急に歯切れが悪くなりやんのな。それをごまかすためなのか、ジェットンはおれに矛先を向けてきた。

「つか待て、おま……っ、恋愛って交尾以外にも色々あるだろーがよ。交尾しかねえのかよ」

『えっ?ねえデショ?』

 ないよね。交尾しておしまい。ジェットンに拾われる前の野良犬時代、おれと形の似た犬と交尾したりはしたけど、人間みたいにイチャイチャしてた覚えは全くないものね。だって野良犬って大変なんだよ。明日ゴハン食えるかも怪しいし、ゴハン食おうと思ったら他のイヌに自分が食われちゃったりすんだから。野犬狩りも怖ェしよ。人間みたいにイチャイチャするヒマねえもんね。

『それに、あのイチャイチャだって交尾のオマケみてーなもんだしょ?』

 ジェットンは、おれらの汚えアパートの駐車スペースにグラウンドシップを停める。

「俺がデコに対して思ってんのはそういう事とは違う、」

こっちを見もしないでこう続けた。

「交尾なんかしなくたって構わない。お前にはわからないかも知れないが、俺はデコが幸せになればそれでいいんだ」

とじ合わせるとジグザグになる、ジェットンの口元をおれは見ていた。ふざけてるわけじゃあないようだなぁ。

『ふーん』

やっぱよくわかんねー。そういうモンですかにゃあ。


『つか、そんで、じゃあ何に悩んでるっつーのよ。幸せにでも何でもすりゃーいいじゃん』

 カンカンカン、と、階段を踏む音で遊びながらおれは尋ねた。そんなスッキリ決めてんなら何も悩むこたねえじゃん?

 アパートの扉を足で蹴り開ける。キヒヒ、最近のおれったらハイキックにキレがあるぜよ。これァ、今度のトーナメント戦もらったなマジで。つって、ちょっと調子にのってソファーに飛び乗りつつTVのスイッチを押したおれは、内鍵をかけているジェットンを振り返って、固まっちまった。

『え』

 ちょ、え。なんで。

 おれの飼い主は泣いていた。さっきまで呑んでたんだから酔っ払ってんのは確かだが、それにしたって何でよ!急に!

『お、おい、ご主人?』

「……できるわけ…ねえじゃん…」

 ジェットンは6本ある腕のうちの一番上の2本で、透明なでかい目を押さえる。ええ~やめろよ、何かわかんねーけどおれまで泣きたくなるじゃ~ん。

「……人間と犬なんだぜ…お前と喋ってるだけで、この界隈の奴らは白い目で見てきやがる…犬と恋愛なんてしてみろ、世の中そういうのをキチガイ扱いすんだよ…!連邦で審議中の遺伝子保護法案がいい例じゃねえか…人間は犬とデキちゃいけねーって事だろ、そんな世界で俺と一緒になってデコは幸せになるか…?なるわけねえ、無理なんだよ」

 ウーン半分はわかんなかったけど、ジェットンがまくしたてるのを、おれは別に悲しくないけどつられて泣きながら聞いて、そんで、思った。

 あ、そーか。おれのご主人に人間の友達があんまいねーのはそうゆうわけなのね。

 そーかぁ……。

『ジェットンさァ、』

 あ、なめたら涙ってけっこううめぇなコレ。

『別に無理ってことでもねーんじゃねーの?他の奴らがどう思おうと、お前がしたいようにした事は、だいたいうまくいくじゃん』

 まぁコレ今言ったからどうってもんでもないだろうけど、ともかくもおれは言ってみた。

『だっておれはお前と喋れて楽しいぜ』

 ジェットンは、覆った目をチカっと瞬かせた。




――きっとこれはロマンだ 〈ジェットン=ジ=エット〉


 確かにキュウは馬鹿だ。愛と交尾とをイコールだと思っているような、自分の涙をペロペロ舐めてウマいとか思っているような、馬鹿なのだ。けれど、時々こうして、俺が心のどこかで求めていた言葉を、惜しげもなくポイッと投げてくれる。背中を、押してくれるのだ。

「……そうか」

 俺は決めた。明日、デコに会いにゆく。そして、言おう。

 窓の下を通るだけだった時から、ずっと思っていたことを、告げよう。

『ジェットンもなめてみ。涙けっこうおいしい味だぜ』

「お前、何食ってもおいしい味じゃねえか」

 決めたら楽になった。俺は少し笑って、ソファに腰を降ろす。途端、ホログラムのスクリーンに映し出されているニュース番組の文字が目に飛び込んできた。

 宇宙連邦会議にて遺伝子保護法、可決。来月より施行。

「……なんだって?」

 俺の心臓は再び締め付けられた。

『どしたん』

 キュウはまだ涙をなめていたが、それどころじゃない。

「可決しやがった畜生……デコが危ない」

『かけつてなに。お前ときどき難しいこと言うからやだなぁ』

 遺伝子保護法、とは、数年前に人間とガロッツの間に偶然子供ができた事件を受けて、一部の政治家が主張していた法案である。こいつは商売道具、或いは食料、子供の情操教育目的の愛玩動物以外のガロッツの飼育を認めないというもので、早い話がガロッツと人間の交尾を禁じるために、使用目的のはっきりしないガロッツを飼わせるな、っつう大悪法である。そしてその中には

 ピンクガロッツの全面規制

 も、含まれている。擬似交尾とは言え、ピンクガロッツは宇宙人類と交尾する目的の犬だ。奴らにとっちゃ害悪なんだろう。施行されれば全ての小屋は直ちに廃止。ピンクガロッツは処分される。

『処分って、なに、どうなんの……あイテッ!なになになに~』

 まだ理解していない様子のキュウの首根っこを引っ張って、俺はアパートの鍵すら閉めずにグラウンドシップに乗り込んだ。

 デコ、

 あんたを処分なんて、絶対させやしないからな。




――かわりって言わないかもしれないけど 〈デコ〉


 真夜中の事だった。お客は居ない。うたた寝していたデコは、ぱちりと目を開ける。

 部屋に備え付けられた、客が入ったことを知らせる機械は鳴らなかった。

 なぜなら、彼は窓から入ってきたからだ。まるで誰かに放り投げられたかのように、突然、ボタッと落ちてきた。

「……また窓開けっ放しにしやがって」

 言いながら顔を上げたジェットンを目にしたデコは、自分の表情が勝手に変わってゆくのを不思議に思っていた。

『なんで窓から』

「何笑ってんだ、笑い事じゃねえんだよ閉めろよ」

『私が窓しめないから、怒って来なくなってたの?』

 久しぶりに見る大きな眼球を、平たくした手でふわふわと触りながらデコは尋ねた。

「全然違うよ」

 ジェットンは、何故だか今日はデコが体に触れる事に関して文句を言わなかった。代わりに、こんな事を言った。

「窓の下からあんたが客を抱き締めるのを、初めて見た時から、」

『うん』

「あんたのことが頭から離れない。デコ、俺あんたが好きなんだ」

『……うん』

「もしもあんたが嫌じゃなかったら、」

『うん』

「小屋を出て、一緒に来てくれないか」

 ほんの少しの間も開けずに、デコは答えた。言葉ではなく、無数の糸のようになった体でジェットンを抱き締めることで答えた。

考える必要はなかった。デコは知っていた。ジェットンが彼の〈いとしいひと〉を愛しているのだということを。

「……いいのか?」

『だいじょうぶ、これからは私が、私のかわりをするから。それ、かわりっていわないかもしれないけどそうするから』

 デコはこの世の全てのものを愛している。けれど、同じものを自分にも与えてくれるひとがいるとは思わなかった。

ジェットンは、神経質なほど怖ず怖ずと、優しくデコを抱き上げて窓枠によじ登ると、窓の下で手を振っている、デコの見たことのない黄緑色の生き物にむかって、にい、っと笑った。そうしてそのまま、その生き物の方にピョンと飛び降りた。

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