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ガロッツのブルース  作者: T長
case-01
1/6

秒速1800光年でラブホテルは宇宙を疾走する

【ガロッツ】

 下等宇宙生物のうち、宇宙人類の生活に利用されている種類のものを指す俗語。

 類語→犬。

 (ルフルフ書房・447銀河系俗語辞典より)





――他の選択肢がないのなら、それをベストと言うしかない 〈チャブラ=エンラエ〉


 超巨大都市惑星マヒナでの彗星直撃事件以来、主要大会社の株価が軒並み暴落し、宇宙経済は古今例のない不景気に見舞われている。チャブラ=エンラエが父から受け継いだ農場を手放さなくてはならなくなったのも、そのせいである。

 良質の食用犬をたくさん飼っていた、あの豊かな小惑星を思い出す度にチャブラは暗いため息をついた。

「新たな一歩を踏み出そうって時に暗い顔をするとな、チャブラ」

 シップを操縦するワージが、余った触手でチャブラの頭をポンと叩いて思念を飛ばしてきた。

「運が逃げるんだよ。ほら、もう着くぜ。捕獲の準備をしな」

「こんな星、ろくな犬がいるわけないんだ」

 微弱なテレパスで力無く呟きながらチャブラは捕獲装置の制御盤を膝に乗せた。

「俺たちに買える狩猟権なんかこういう所ぐらいしかねえじゃねーか。文句言うなよ」

「なあワージ……せめてレベル5はある惑星の犬じゃないと、誰も買わないんじゃないか?」

「不景気だから逆に安い犬が売れる。俺はそう読んだね」

「お前の読みって当たった事あんの?」

「あるある、マジマジ」

 再び吐き出されたチャブラの大きなため息と共に、中古のおんぼろシップは地球星に到着した。





――愛は時に、思ってもみない形で襲ってくる 〈トリカイユズコ〉


 あたしは、あたし自身が、怖いわホント。

 何だかんだでそこそこ平和な日本でさ、米なんか食って高校なんか通って、呑気に部活でガールズバンドなんかやってたあたしがだよ、UFOにさらわれちゃったーぃヘヘーイ!

 なんつったらみんなどんな顔するかな?

 船木なんか泣いちゃうかも。ユズコが頭へんになったァ~って。麻江は怒るかもな。学祭近いのに変な冗談言ってんなバカ!練習しろ!って。

 あたしだってさ、そりゃあ妄想とか冗談ならよかったって思ったよ。しばらく泣いて過ごしたしさ。怖かったし淋しかった。正直、何回かおしっこ漏らしたからね、ヘヘヘ。

 でもさあ、あるんだねえ実際、奇跡っつうの?地球には色々、える・おう・ぶい・いー・ラブ・イズ・すべて!な映画がイッパイあるけどさ、あたしあーゆーの嫌いだったんよ。何でって、ハリウッドスターみたいなキモい優男に運命なんか感じる女はバカだって思うから。甘いマスクなんかあたしは大っ嫌い。あたしの理想の男はさ、カラス天狗とか河童とかだもん。

 何?悪い?あー妖怪大好きだよ!結婚なんかしないでもあたしは妖怪とギターさえあれば全然いいよ!

 ……ってさ、思ってたのに。

 まさか、

 UFOん中で、だよ?

 それもさ、多分あたしと同じようにどっかの星から、さらわれて来ちゃった生き物にだよ?

 運命感じちゃうなんて、あたし、どうかしてるかな?


 ねえ、

 心臓がばくばくして止まらないんだ。

 なんだこれ、

 ほんと、

 凶悪な河童みたいな、あたしの理想そのまんまの、

 このかっこいい生き物は、何なの?

 やばい。遺伝子が。

 あたしの遺伝子が、彼を、求めてる!





――面白がっている場合じゃないかも知れない 〈ザジ〉


「空からでっかいアカジラが飛んできて、人間をさらってゆくんだそうだ」

 行商のハハナ売りがそう言っていたのをザジは思い出した。ザジの居た村でそれが起きたという訳ではなかったけれども、噂自体は、確かにあったのだ。

 ただ、それがまさか自分の身に降りかかってくるとは思っていなかった。ザジはただただ驚いてしまって、ぼんやりと成り行きに身をまかせていた。

 うーん。アカジラというより、空飛ぶフーリという感じだなー、こうやって中に乗り込めるし

 などと呑気に考えながら周囲を観察しているザジに、生き物なのか何なのかよく判らない変なものが足かせを嵌めた。

 あ。オレこれやだな。取りたいな

 と思ったザジだったが、最初に逃げようとした時のように体が痺れて気絶するのも嫌だったので、我慢した。足かせを嵌め終えると変なものは次に、ザジを檻のようなものが幾つも並ぶ場所に誘導した。

 んー。入れってこと?

 檻の1つの扉が開かれ、ザジが渋々それをくぐると鍵がかけられた。

 あ。閉まっちゃった

 扉を叩いてみたが、僅かに表面がへこんだだけで、破壊出来なかった。

 困ったなー

 途方に暮れていたザジは、ふと隣の檻から視線を感じて振り向いた。ザジより小さい、柔らかそうな生き物がこっちをじっと見ている。

 生き物…生き物だよなぁこれは。息してるし、体の作りが人間の女の子に似てる

 メスかな?

 ザジと生き物は、妙な素材の格子ごしに、顔が触れそうな距離でしばらくお互いを観察した。

「きみ、だれ?」

 ザジは訊ねてみた。すると生き物は、ころころした音を出して何かを答えた。何と言っているのかザジには全く判らなかったが、しかし、生き物は何だか笑っているようにも感じられる。ザジは少し嬉しくなり、巨大な爪を檻の隙間に差し込んで、そっと生き物の頭を撫でてみた。




 

――魔がさす、じゃねえ。魔にささせてんだ、わざと 〈ワージ=ボラーノル〉


 だいたいにおいてチャブラは、金儲けってものが何一つ判ってない。

 金儲けは、幸せを掴む事なんかじゃない、断じてそう言える。金儲けってのは、明日の飯を誰からかすめ取るかって、そういうゲームだぜ。

 例えばチャブラの言う真っ当な食用犬農家って奴にしたってだ。誰かに自分の食用犬を放り投げて、代わりにそいつに明日の飯を差し出させる遊び(ゲーム)だろ?体裁にこだわるのはくだらねえ。どっちにしたってみんな、明日の飯が食いてえだけなんだからよ。

 で、まあ俺の場合は、こうやってチャブラに資金(親父の農場を売っぱらった金だとよ!おお悲劇!)を出させて、地球星その他のクズ惑星から狩ってきた駄犬どもを売りさばいて明日の飯を賄おうと考えているって訳だ。

 さて愛しき母星に到着するまでまだ時間があるし、今の所このおんぼろ船の自動操縦システムもちゃんと動いている。ひとつ駄犬どもの値踏みでもしてみるかってんで、俺は、まだため息をついているチャブラを放って、コンテナを覗きに来たんだ。

 したら、何てこった。俺は思わず指差して笑っちまったぜ。隣合わせの房に入ってた地球犬とガラテク星犬が、何でだか求愛行動してやがんの!

 わかる?専門用語で言う、口づけ行動ってやつ。気持ちの悪ィあの食物摂取孔ってやつ同士をよ、くっつけてやがってよ。てか、サカりすぎだろこいつら。もう犬種なんか何だって構わねえくらいヤりてーってか?銀河の端と端くらい遠い星の犬とでもいいってか?

 散々笑い転げた後、俺はひとついい事を思いついた。サカってる犬、売れるコネ知ってるわ俺。おいおい……こいつは、思わぬ形で明日の飯が降って湧いたな。

 サカりのついた犬とヤるのが趣味っつう胸くそ悪ィ金持ちどもってのが世の中にはいる。まあ、違法なんだけど、そんなもん知った事じゃねえ。ガラテク星やら地球星やらのクズ犬どもを集めて食用として一山いくらで売るより、よっぽど金になるんじゃねえか?俺は素早く計算した。

 チャブラと獲った犬が全部で12匹だろ、経費はまあチャブラに出させちまうとして、犬全部売ったその半額が俺のモンになるって考えてもせいぜい50万マッコイ………で?バーツィーんとこのピンガロ小屋にこの2匹を売るとすると、1匹300万マッコイはいくから……おいおいおい、全っ然おいしいわこれ。

 しかし1個問題があった。チャブラは犯罪に手を染めるのを嫌がるに違いないって事だ。ああ、絶対だ。

 まあ、嫌な事はしないのがいい。向いてないのだから大概が失敗する。だからこれはチャブラ、お前を犯罪の道から遠ざけてやろうっていう、俺の友情ってわけよ。スクールの同窓のよしみってわけ。

 ま、泥棒とか横領って呼んでくれても差し支えはねえけどよ。

 あばよ、チャブラ。ちょっとの間だったが楽しかったぜ。

 俺はアームを使って地球犬とガラテク星犬を檻から引っ張り出し、シップのコンテナの最後尾に格納しておいた相棒・バルカッソ・リメイデン1800に積み込んでエンジンをふかした。





――あたしたちは電光石火で通じ合う 〈トリカイユズコ〉


 ちっこいクラゲみたいな奴が部屋に入って来たって思ったら、何だかいきなり機械の腕みたいのにつままれて、気づいたらザジ(これが彼の名前なのかホントはよくわかんないけど、最初に聞き取れたのはこの音だったから、勝手にそう呼んでる)と2人きりの……そう、〈2人きり〉の、別室に移動させられた。あたしは勿論神様なんか信じちゃいない。でも、こんなの奇跡って言わないで何て言う?やったぜヒャッホオオオウ!

 多分クラゲは、あたしやザジをさらった誘拐犯だ。でも今だけは感謝。だって、檻ごしだったザジと二人きりで一緒の部屋だよ!チャンスだろこれ、絶対チャンスだろ!

 あたしはすかさずザジのトゲトゲした腕にすり寄った。拒絶はされない。だってきっとこれは運命だ。ザジもきっと同じ事を思っているに違いないのだ。ああ、なんだろう、すごく安心する。あたしたちずっと、こうするために生まれて来たんじゃないかって、ねえ、そんな気すらするよ。あたしは彼の胸に顔を埋めながら、言った。

「絶対これ運命よねー。メイクラブよねー」

 言葉が通じてるかどうかは判らないけど、ザジは何か言いながらコクコク頷いて、爪で頭を撫でてくれた。あたしはキスで返す。言葉の壁なんか、些細な問題だよ。

 あーしあわせフヘヘヘへ。

 あー……あ……あれっ?

「何してんの?」

 ザジは長く巨大な緑の三本指で、ぺたぺたと新しい檻の扉の表面を触っていたかと思うと突然立ち上がり、

 ドッパァン!

 うわーぶっ壊した!扉、粉々じゃん!驚いて、というかあまりの格好良さに痺れて動けないあたしをフワッと抱き上げたザジは重そうな足かせを意にも介さず、悠々と狭い檻から外に出たのだった。

 そしたら、すぐ目の前でさっきのクラゲ野郎が凍りついたみたいにぼーっとこっち見てやんの。だからあたしはクラゲを指差して、ザジに素敵な笑顔を向けて、言ったのね。

「ダーリン、こいつぶっ飛ばしちゃおうぜ!」

 ってさ。





――考える、という言葉の正しい意味を知らないんだ 〈ザジ〉


 柔らかい生き物と一緒に、ザジは、さっきまで入れられていた檻よりも弱そうな素材でできた檻に移された。

 あれっ?逃げていいってことなのかな

 どういう理由でそうされたのか全く解らなかったが、とにかく壊せそうだ、と思ったザジは、しなやかな脚で扉を破壊した。その後どうするかはここから出てから考えるつもりだった。柔らかい生き物も一緒に連れて行く事にする。

 抱きかかえると、生き物の温かな体温と、血液の流れる音が伝わってきて、ザジはそれをとても心地よいと感じた。

 外に出ると(と言っても扉を抜けてもまだ何か狭い部屋の中だった)、最初にザジをこの場所へ連れてきた、頭が半透明の生き物が立っていた。ザジの腕の中で柔らかい生き物が、何か喋る。

 相変わらずその言葉は理解不可能だったけれども、

 もしかしたらこの柔らかい生き物は、自分と同じようにこの半透明の奴らに捕まって、ここにいるのかもしれない、と、ぼんやり考えながら、ザジは目の前で固まっている、半透明の生き物を、軽く蹴った。

 突然このような場所に自分を連れてきて、痺れさせたり閉じ込めたりした彼らに対する、ちょっとしたお返しのつもりだったのだが、半透明生物はザジの予想以上に吹っ飛んでしまい、何やらゴチャゴチャと細かな石が付いた机に衝突して奇妙な悲鳴をあげた。

 あ、ゴメン、

 助け起こそうと思ったザジが長い爪の付いた腕を伸ばすと、半透明生物は何を怯えているのか、紐のようなものを滅茶苦茶に振り回し、部屋の左奥に開いた穴から逃げていってしまった。

 あれま

 ポカンとしているザジを後目に、穴が自動的に閉じる。ふいに床が揺れた。

 え、何だろう

 抱えた柔らかい生き物がコロコロとした声を出した。柔らかい生き物も、きっと、なぜ床が揺れたのか不思議に思っているのだろうとザジは考えた。

「地震かなあ?」

 そう言ってみると、柔らかい生き物は頬をすり寄せてきた。

 柔らかい生き物の頬は、ことさらに柔らかく、ザジはうっとりと目を細めてその柔らかさを味わってみた。あたたかい。どくどくと、何かが脈打っている。

「………」

 ザジは生き物を見つめる。ザジ自身の体内でも何かが激しく脈を打っている。

 床はまだ揺れ続けていた。しかしザジにとってそれはもはやどうでもいい事だった。彼は柔らかい生き物を強く抱きしめた。





――不幸中の幸い、の、幸いは、幸い度5割増し 〈チャブラ=エンラエ〉


 コクピットの上に足を投げ出し、先月からどうも痛む触手を動かしてみているチャブラのもとに、ワージが何やら、ゴチャゴチャで読み取りようのない思念を放出させながら駆け込んできた。酷く取り乱している。

「ど、どうしたの!?それ」

 ワージの気門の辺りに大きな打ち身の傷ができて、色が変わっていた。チャブラは慌てて救急キットを取り出し、ワージに駆け寄る。

「だ、大丈夫か!?しっかりしろワージ、コンテナで何があった?強盗にでも殴られた!?」

「ご……」

 ワージは、荒く息を吐きながら、何故だかチャブラから目を逸らし、

「……強盗、ああ、そう、強盗だよ……2人組の強盗がよ、コンテナに潜んでやがったんだ」

 と、ようやくまとまった思念を送ってきた。

「強盗だって……?」

 チャブラは泣きたくなった。どうしてこんなに散々な目に合うんだろうか、と。

「何を盗まれた?」

「か、狩ったばっかのガロッツだよっ!あいつら俺のバルカッソに乗って逃げて行きやがったんだ畜生っ!」

「い…1匹残らず!?」

「いや、2匹だ。地球星のとガラテア星のやつ」

 顔面蒼白になって尋ねたチャブラは、ワージの答えを聞いてほっと胸をなで下ろす。

「じゃ、10匹は残ってるんだ…よかったあ……何にせよ光線銃で撃たれたりしなくて良かったよ」

 続いて怪訝に思った。

「てゆうか、何でよりによって、一番安い2匹を盗ってったんだろうな?」

 するとワージは、

「だ、だーから。不景気だから逆に安い犬が売れ筋だって言ってんじゃねえか。俺の読みが当たったんだよ。残りの犬で荒稼ぎしようぜ。な、社長っ」

 と、チャブラの肩を触手で叩いた。

 操縦室の窓の外を、揺らぎながら不安定に走行してゆくバルカッソ・リメイデン1800の機体。中に居るのは強盗ではない。誰も操縦していないバルカッソに乗っているのは、ただのサカった犬2匹。ブラインドを解放にしてあったせいでそれが丸見えになっていた。チャブラが窓の方を振り向かないようにとワージは必死だったが、チャブラ本人は、ワージのその笑顔の不自然さに全く気づいていなかった。


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