独自性
青年が歩いていると、一人の男から話しかけられました。
「おい、あんたあの街から出てきたよな?何をしに行ったんだ?」
「はい、僕は各地の歴史やいいところを見たくて旅をしています。」
青年がそう答えると、男は露骨に嫌そうな顔をしました。
「じゃああの街にはなんもいいところがなかっただろ。」
「え?あの街は素晴らしい街だったと思いますが。独自性を追求することがポリシーだそうで。」
「はっ!独自性ねえ… どんないいところがあった?」
青年は男の横柄な態度に半ば戸惑いつつ、答えます。
「まず、交通手段です。電気で動く乗り物でしょうかあれは。あんな乗り物は他のどこでも見たことがありません。それに、食べ物です。調理過程は秘密だったのですが、おそらく独自のやり方があるのでしょう、どの料理も絶品でした。絵画や彫刻も何点か拝見しましたが、壮観の一言です。私は美術品を見て感動したのは初めてです。」
青年の体験をすべて聞き終えても、男の態度は変わりません。それどころか、さらにイライラしているそうです。
「そんなもんに騙されちゃいけないぜ、旅人さんよお。」
「先ほどから、どうされたのですか? あの街が好きではないのですか?それとも、独自性のあることに引っ掛かりを覚えているとか? あ、オーソドックスを好む方なのかもしれませんね。」
青年が冷静に返すと、男はさらにイライラして、いえ、もう怒り狂っているようです。
「とんでもない! 俺ほど独自性を重んじている人間はいないぜ!!」
「では、どうしてあの街の「独自性」が気に入らないのですか?」
青年の問いに、男は一度息を整えてから、
「すまねえな、少し取り乱しちまった。あのな、独自性っていうのはな、この世に一つしかいらないってことなんだよ。俺もあの街で独自の通信手段の開発をしていてな。今はあの街に暮らさずに、近くの村に引っ越してしまったが。」
「どうしてです? 独自性のあるシステムを作ろうとしていたのでしょう?」
「俺は耐えられなかったんだよ。独自性のあるシステム、商品、調理方法… そんなものを開発しようとするやつばかりのあの街がな!」
青年は意味が分かりませんでした。しかし、男はさらに畳み掛けます。
「あのな、独自性のあるものを開発する者が何人もいる時点で、そこには独自性はないんだよ。いいか?俺は独自性を重んじているとさっき言ったな? 独自性を持つ者は一人だけでいいんだよ!それが独自性なんだから!」
独自性の連発で、少し意味が分からなくなってきた青年でしたが、あきらめずに疑問をぶつけてみることにしました。
「それは仕方のないことでは? あなたの言うように、独自性のある者が一人しかいないのであれば、その人が開発する一つの何かしか発達しないことになります。加えて言うと、そもそもあの街自体が成り立たなくなってしまうのではありませんか?」
「何を言う! その状態こそが独自性のある街の本来の姿だろうが!!今の、独自性が蔓延している、偽の独自性を騙っている街こそが、独自性を失っているんだよ!」
頭がこんがらがってきそうなので、青年は立ち去ることにしました。しかし、男は怒りをぶつけたりないようで、まだ食って掛かってきます。
「あんたみたいな、俺の思想を分かってくれない奴は何人もいたぞ! 可哀想に、その時点でお前たちは独自性のない人間なんだ!俺は違う!独自性を守り続けてみせる!」
男が一人で息をまいていますが、青年はもうさして興味がありませんでした。
「それでは、僕はもう行きます。」
「おお、いけいけ! 独自性のない旅人さん!」
最後まで挑発してくる男に、青年は去り際、ひとこと残しました。
「あなたのような考えをお持ちの方と話すのは、あの街を出てからもう4回目です。」
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