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ホテルの入り口からホールを横切り、円い廊下を進んだ後階段下りる段になって俺はやっと顔を上げた。
それまではいかにも寝ています風にハロルドの首筋に額を押し付けていたのだ。
「下ろせよ」
階段まで来てしまえば後は部屋までの短い距離だ。もう誰にも会わないだろう。
──泣きはらした不細工な顔になっていても問題ない。
そう思ったのだが、ハロルドは返事もせずに足をずんずんと進めていく。
「おい」
返事をしないのに焦れて、背中で暴れだした頃には部屋の前に着いていた。
「ハロルド!」
さすがに部屋の前になれば下ろすだろうと思ったのに、片手で俺の尻を支えたままもう片方の手で部屋のロックを解除するのを見て俺は声をあげた。
ドアが開く。片手だけの支えだったから、じたばたしているうちに俺の体はずりずりとずり落ち始める。腰へと回していた両足を下へと向ける。
「大人しくしていろよ」
ハロルドがたしなめる頃には変な格好でぶら下がるようになっていた。
俺の体重がかかる腕がハロルドの首をやんわりと絞めるのに気付いて、緩めたらつま先が床へと着く。
「お前は・・・」
ため息交じりの呆れる声を聞きながら、腕を解いて一歩後ろへと下がった。
「つぅ」
振り向いたハロルドに右手首をきゅっと取られ思わず声をあげる。それとともにハロルドの顔を見上げる。
「なんだよ」
真剣な目に少しだけたじろぎながらも、そう口にすれば後ろの壁へとどんと背中を押し付けられる。
「嫌だ」
ずずいとハロルドの顔が近づくのを見た俺は顔を背けた。
──キスされる
鈍い俺でもさすがにわかったからだ。
「痛いっ!何するんだ」
ピリッと耳たぶに痛みがはしり、空いている左手で押さえながら俺はきっとハロルドの顔をにらみつける。
俺の顔も厳しい自覚はあるが、ハロルドも厳しい顔をしていた。
触れた感覚では血は出ていないらしいがじんじんとした痛みがあり、ハロルドの顔つきと耳の痛みに俺は顔をゆがませた。
「よせよ。恋人がいるんだろう」
もう一度、ハロルドの顔が近づくのを見た俺は、ハロルドの肩へと手を乗せ押し返しながら言った。
「・・・恋人ね。まずはそこからだな」
相変わらず顔つきは厳しかったが、久々に聞いたハロルドの声に俺は少しだけほっとしていた。




