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「おい」
声がしたと思うと、腕をとられぐいっと引っ張られる。
「なっな゛に」
俺は微妙な鼻声をあげた。
前のめり気味でバランスを半ば崩された形で嫌でも足が前へと出る。
大通りを右に折れた小さな路地に俺を連れ込んだところで、ハロルドの足は止まった。
「なんだよ」
ハロルドの背から顔を背け──泣き顔を見られないように──俺は聞いた。
俺の腕を放し、ハロルドがこちらに向く気配がした。
と、顔を上向きにされ頬を拭われる。
ハロルドと目が合った瞬間、俺の涙腺は決壊した。
次から次へと涙が出てくる。
「な、な゛んで」
しゃくりあげながら聞く。こんなに大泣きしたのは子どもの頃以来かもしれない。
「すれ違った奴がびっくりして振り返ってた」
「う゛う゛えぇ・・」
自分の間抜けさに俺はさらに声をあげた。
髪を撫でられ、そっと抱き寄せられる。もやもやは相変わらずだけど、今は温もりがありがたかったので俺は大人しくされるがままになっていた。
小さい子を宥めるように、背中をぽんぽんと叩かれているとなんだかほっとする。ハロルドの肩口に額を乗せているので、立っていなければまったりとして眠ってしまいそうだ。
──まずい
はっと気付いて俺はふるふると頭を振りながら、顔を上げた。
ハロルドの顔が近くてドキッとしたところに、顔がさらに近づく。うわと仰け反ろうとしたがすかさず頭を抑えられてしまう。ぺろりと目元をなめられた。
一瞬、何が起こったのかわからず、次の瞬間俺は抗議の声をあげる。
「ば、ばかっ。恋人いるんだろう」
──涙をなめるなんて
「恋人?」
ハロルドが怪訝なで復唱するのに、いらっとする。
「それにさっきだって、センセイ達と一緒に行こうとしたくせに」
口にした途端、また涙がぼたぼたとこぼれだす。ハロルドがうわっという顔をするのが、じんわりとする俺の視界に映った。
ぐいっと腕の分だけ距離をとられる。
さすがに引いたのだろうと思うと、さらに涙が出てきてしまう。
「おぶされ」
ちょうどしゃくりあげていて、ぴんとこなかった。返事もせずに、手の甲で目の縁をこすっていると急に体が持ち上がった。
「うぎゃっ!?」
「色気のない声だな」
びっくりしすぎて、色気ある声なんて出せるはずがない。俺はハロルドに横抱きにされていた。
「嫌か?」と聞かれてこくこくと頷く。
「俺はかまわないが」ぶんぶんと頭を振る。
「ホテルまで戻るぞ。今度こそおぶされよ」
「自分で歩ける」
「その顔でか?」
「・・・・・・」
自分がどんな顔をしているかはわからないが、あれだけ大泣きをしたのを考えればかなりひどい顔なのだろう。
「わかった」
しぶしぶと答えると、やっと降ろしてもらえる。そして背を向けるハロルドの首へと腕を回した。




