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逃げ出したと言ってもほんの数十歩ほどだ。
井戸の傍らでハロルドがムゥロの水飲み場へ切り替えていた管を元へと戻している。
「確かにいつもよりは暴れてたな」
「え・・・」
逃げてきたはずなのに、ハロルドにまで言われて俺は眉を下げた。
どうもかなり動いていたらしい。ムゥロにもかわいそうなことをした。
「ごめん。わざとじゃないから」
そう言いながら、井戸から出てくる水の下へケトルを差し出す。
あっという間にケトルから水があふれた。
「ま、無意識ならしょうがない。・・・見たかったが」
「見なくてもいいから。もうしない」
励まし半分のハロルドの言葉に、俺は言い返し、ケトルのふたをして井戸の石の上へと置いた。
ケトルは黒い塗料が塗られた金属でできている。砂漠の強い陽射しのおかげで、火にかけなくてもしばらくおいておくだけで中の水がかなりの温度まで温められるのだ。まさに知恵の一品だと思う。
『そうだ、菓子』
エルヴェに「疲れたときは甘いものだ」と言って持たされた菓子がある。
この菓子は当時の・・・うんぬん抜いた現代のものだ。当時のものだとすると、乾燥した果物等が相当する。もちろん、そちらも持っては来ている。
が、今はそう言ったものではなく、今のものが食べたい気分だ。
痛みにくく水分の少ないものを本人曰くかなり選び抜いて決めたらしい。「向こうで見て下さい」とどんなものが入っているかは見せてもらえなかった。ふれこみを思い出しながらエルヴェが選んだものと言うだけで外れはないはずで、期待が募った。
お茶を入れると言った手前、率先して真っ先、一番で洗濯物と体を洗うのを終えた。
皆が体を拭いたり、洗濯物を干しているのを横目に俺はケトルを取り上げた。
かなり熱くなっている。
手早く皆分のカップを用意し、粉茶をぱぱぱっと振り入れる。熱い湯でそれを溶いて飲むのだ。
初日、その作り方を見た時は粉っぽいんじゃないかと不安にすら思ったのに、意外や意外でその粉っぽさが渋みを増しているのかおいしかった。研究室においておこうと俺は心に決めていた。




