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little  作者: 小糸
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宣戦布告!?

 昔から、私は目立つタイプではなかった。

 別に無口ってわけじゃないし、とりたててやぼったいわけでもないけど。ただ派手なのがキライだった。お化粧も濃いのがきらいで、香水とかもどうも苦手。


 勉強は中の中、運動神経もそんなかんじ。

 だから努力だけはするように心がけた。

 見かけも平凡で頭もふつうで、それでいて努力できないなんてやだなって思ったから。せめて自分を誇れる部分がひとつでも欲しかったから、だからあたしは地道にコツコツやるという所業を身につけたのだ。


 もちろん、気を抜けばいつでも3日坊主になれるけど、でも3日すぎたら意外と習慣づいて何でも頑張れるから、とりあえず一週間くらいやってみる。一週間できたら二週間やってみる。


 そういうのがわたしのペース。


 語学でも歴史でも数学でもおなじ。

 特に、そのなかでもオーボエが大好きだった。音色が好きで、見かけも好きで、古今東西のオーボエの楽曲が好きで。肺活量が安定してくる中学生頃にやってもいいよって言われたときはうれしかった。

 毎日夢中になって触って、それが今も続いてる。

 リードを自分で作って、湿度管理も大変で、色々手のかかる楽器だけど、でも。


 いとしオーボエ。


 あたしにとってのこの子は、まさにそんな存在なのだ。



「……伊勢先輩とも一緒に帰ってたんだって……」

「……意外とオトコ好きなんだねー、地味なくせして……」

「……あーくやしい、なんであんなのに二大ハンサム持ってかれなきゃなんないわけえ?ちょっとオーボエうまいからってさあ、成績が特別いいわけじゃないし。ほんっとフツーの子じゃん。……」


 ロッカー事件から3日後。再びやって参りましたよオケの練習。

 後からも前からも横からもいやーなささやきと忍び笑いが聞こえるけど、無視。ひたすら無視。かまっていたらこっちまで嫌な人間になるっつーの。


「……高崎さん、どーしたの。顔すげーよ」

「すげーって?」

「……眉つりあがってる」

「十点だね」

「じゅ?なにが?」

「高崎まゆの眉がつりあがってる。つまんないダジャレ」

「!!ちげー!俺は、べつに!」

「ねー、3楽章のBの部分合わせて。弾き方変えたの。どんな感じか感想聞かせて欲しい」


 ばさばさばさっ。と楽譜をめくり、隣の席の中西君にも同様の行動をさせる。なんだか騒音だけでなく嫉妬やらくだらない感情が色々うずまいてるらしいコンサートホールの一角で、練習に没頭した。


 思ったとおりに。がむしゃらに。

 リード壊すような馬鹿な奴らに負けるもんか。


 ひたすら練習して追い抜いてやる。


「た、高崎さん、ちょっとタンマ……」

「えー。まだだよ!30分しかやってない」

「30分、も!俺、息くるし……」


 ふと気づいたら隣で中西くんがゼイゼイ言ってた。まあオーボエよりクラは息使う楽器だからしょうがないかもしれないけど。それにしても張り切りすぎたかな。


「わかった。休憩ね。5分後に再開」

「まじでえ?なんでそんな、はりきっちゃってんのよー」

「これが普通なの!」


 立ち上がり、周囲の女の子達から離れるため、飲み物を買いにホールを出た。もちろんこの間のロッカー事件の教訓を身に叩き込んで、あたらしい財布とバッグは持っていく。


 いやだいやだ。

 友達ばっかりの環境の中でこんなことしなきゃなんないなんて。


 切なすぎ。


 *** 


 苺オレとバンホーテンのミルクココア、どっちにしようか。


 ブリックの自販機の前でうむむと唸る。

 どっちも大好物なのだ。

 悩みすぎてオーボエを握ってる部分が汗ですべってきた。やばい!はやく決めなきゃ!


 よし、ここは……甘さたっぷり苺オレで。


「……」


 ガコン。

 取り出し口に苺オレが降りてくる。しゃがみこんで取り、やっと飲めるとちょっとモチベーションも上がって再び膝を伸ばしたところ。


「結局そっちなわけ」

「え……うわッ!?」



 見上げるほどに背の高い王者が、居た。




「うわってなんだ。オレは魔物か」

「ち、ちがいます。ごめんなさい。驚いただけです」


 慌ててあやまりながらも、ちょっと不思議に思った。まもの……ふつーなら、お化けとかが妥当じゃないのかな。


「次、オケだろ。そんな甘いもん飲んでて楽器に影響ないのか」

「あ、あー。だいじょうぶ、です。歯磨きするし」

「時間ないだろ」

「平気です。わたしちょこまかしてるから」

「あー」


 っぽいな、と呟いて、瀬川君は自らもブリックでなにやら購入していた。しゃがんで取り上げたものを興味本位で見つめると、キリマンジャロコーヒー。うーん、イメージそのまんまだ。


 って、そこまで考えてはっと自分の置かれている状況を思い出した。何やってんだ私。

 わたしが今歌苗はじめとするオケの女の子たちに煙たがられてるのはそもそもこの瀬川君が原因で、かれがオケの最中わたしを名指しにして怒鳴りつけるのがうらやましくて憎らしいとか思われてて、それを理由にだいじな大事なオーボエのリード壊されたりしたんだよ?


 こんな風に喋ってるとこ見られたら、また何されるかわかったもんじゃないじゃん。


「高崎、だっけ」

「っ、は、はい?」

「……何逃げようとしてんのお前。別に俺何もしようとしてるわけじゃないし。」


 壁に背を預けてキリマンジャロを飲む瀬川君。わたしは……わたしは、とにかくはやく離れたい。また嫌がらせされる。この子を、オーボエを、どうにかされる。


 二度はダメだ。立ち直れない。


「……?急いでんの?」

「い、え。べつに」

「またそれか。べつに、いいえ、あの、なんでもない。お前ほんっとはっきりしねーのな。ジョージが室内楽ではすげえいい演奏してるって言ってたから、多少は変わったかと思ってたんだけど。何も変化なさそうだな。面白くねー」

「そんな言い方」


 胸の奥から反抗心が沸き起こった。

 誰のせいでこそこそしなきゃならないと思ってるんだ。何の責任もないわたしがこんなに苦労してるのは、ひとえにあんたのせいなのよ。学内の王者!


「……。瀬川君」

「あ?何」


 辺りを警戒するのも忘れ、私は彼の方へと向き直った。怒るわけじゃない。そんなことができるはずがない。

 ただ、悲しかった。


「わたし、弾き方、変えたよ。演奏変えた。少しだけだけど、大胆にして、前に出た」

「……へえ?」

「だから、そういうセリフは、今日のオケが終わってから言って」


 なんと大胆不敵な宣戦布告。

 言った後にどっと恥ずかしくなってきた。

 いくら演奏変えたっていっても、それは元をたどれば彼に色々言われたからであって……つまり、わたしはまた彼をつけあがらせるだけなんじゃないだろうか。結果的に。


「ふうん」


 キリマンジャロを飲み干して、瀬川君は紙パックをごみ箱に入れた。投げたわけじゃない、意外と丁寧な所作。


「言うじゃん。オーボエ主席奏者」


 自信たっぷりの傲慢な笑みに、なぜか心臓がどくんって壊れそうに貫かれた。

 うわ……やだ。

 わたし、カッコいいとか思った?こんな失礼で怖くて口の悪い瀬川君のこと?さんざん色々言われてきたのに?

 それでもその瞳のこと──


「じゃ、楽しみにしてるよ。今日のオケ。」


 ──きれいだと思った?


「遅刻すんなよ」


 瀬川君は言い捨てて、さっさと愛用のチェロと共に立ち去った。残されたわたしは慌てて周囲を確認する。誰もいなかった。だけどそれで安心できるはずもなく、なんとなく場所を移動して買ったままだった苺オレを飲んだ。


 ……はやく飲んで、はやく戻ろう。


 それでもう一回、練習の前にソロパート通しておこう。


 どくどく動悸の収まらない心臓を押さえつつわたしはその後の数十分間を過ごし、結局ホールではなく手近な空き教室にもぐりこんでオーボエをさらった。


 そして深呼吸とともにのぞんだ運命のオケ。



 わたしははじめて、瀬川君に止められも怒鳴られもしなかった。





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