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little  作者: 小糸
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流転

 どれだけ回りの環境に変化があっても、結局自分を動かすのは自分でしかないんだ。


 とても厳しい意見。

 だけどほんとうのこと。


 乗り越えるまでは辛いけど、乗り越えた後にはきっとすごい景色が待っててくれるんだよ。


「Bravo」

「Brava」

「Bravissimo!」


 拍手。拍手喝采っていうんだ、きっと。こういうのが。


 音楽祭1日目。二つこなしてるオケのうちの片方が終わった。曲目はベートーヴェンの「英雄」、ブラームスのシンフォニー第一番。


 どっちもオーボエが目立って目立ってしょうがない曲で、教授にはさんざん怒鳴られて馬鹿にされて、このオケには普通のメンバーとして参加してる瀬川君やコンミスの先輩にもかーなーり色々言われたりした。確かにした。


 だけど、だけど今、わたしの目の前に広がる光景は。


「よかった!高崎ちゃん!」

「鳥肌立ったよまゆちゃん」

「ほんっとすごかった!ねえ、もう一度立ってお辞儀しなよ!」


 驚くしかない、賞賛の雨だった。

 ホールの中は熱かった。演奏の後はいつもそう。それがたまらないの。自分のオーボエを誰かが聴いてくれる、それだけでわたしは幸せなの。


 わたしがこんなにも短期間で前へ進むことができたのは、一体なんのため。

 周りの人、教授、歌苗、イベント。

 そのどのためでもないのかな。


 頑張りつづけても無駄なことなんて、もしかしたらこの世には一個もないのかもしれないな。

 音楽とかスポーツとかだと、才能というものの差は残酷すぎるほどハッキリしてるって思ってたけど。


 だけどどんな小さな場所でも、世界でも。

 自分が大好きな「もの」と生き続けていくことはできるんだ。


 あたしのオーボエは必ずあたしに答えてくれる。



 頑張り、つづければ。



 *** 



「おつかれ高崎さん!ますます伸びやかになったね、すごいよかった。室内楽も楽しみにしてるよ」


 オケが終わって話し掛けてきたのは伊勢先輩。まだまだ周囲にいっぱい人がいるというのに、なんて大胆な!と仰け反った。でもまさかシカトするわけにもゆかずですよ、頷いたり答えを返したりしていたところ、また例のカゲグチが背後から……。


「……またジョージくんと喋ってる。なんかさー、あの子最近、絶対チョーシのってるって」


 ひいいっ。あれ、オーボエ科の先輩だ!同じ専攻の先輩ににらまれたら私、ほんとこの学校内で生きていけないじゃん。

 しかも、更に、


「うちの歌苗ちゃんの彼氏よこどりしたとかゆー話だしね、オーボエにしかキョーミなさそうな顔して、やることエグイよねー」


 ……おおお、フルート科の先輩までもが。


 と、さすがに顔に出たのか、伊勢先輩がそこではじめてあ、と言った。言ったはいいけど、その後が悪い。


「ごめん。忘れてた」

「もう遅いですよ……」

「じゃなくてね、今カイの機嫌、すっごい悪いんだ」

「瀬川君の機嫌がなんですと?」


 すっごい怪訝な顔をしたと同時に、後からどん、という鈍くて重い音がした。振り返る。

 ……確かに不機嫌極まりない顔をした瀬川君がカゲグチを叩いていた先輩たちの後ろに現れた所だった。

 彼が一言二言何か喋る。先輩達が真っ赤になる。でもべつに嬉しいことを言われたわけじゃなさそうだった。むしろ逆の意味合いみたいだ。


 先輩達が答えすることすら許さない勢いで物申しを終えると、瀬川君はわたしと伊勢先輩の方に眼を向けて軽く片手を上げ、そのまま逆方向の人ごみの中へと消えていった。残されたオーボエとフルートの先輩も、なんだかいやにそそくさと……。


 伊勢先輩がくすくすとわらいながら、呟いた。


「界は正義感強いからね」

「なに……したんでしょう」

「さあ?大方さっきのオケのダメ出しじゃないかな。天才の権限だよね。先輩にも大きな口で物を言える」


 ふうん、とわたしは喉を鳴らした。

 嬉しくて、不安だった。また何か起こるような。あの先輩達が、また何かわたしにしてくるんじゃないかと……すごく、すごく。


 だけどその予感は間違っていた。

 何も起きなかったのだ、その後は、結局。


 ──あの先輩達による、「何か」はね。


「高崎!」


 事件が起きたのは午後。


 室内楽のステージが始まる50分程前。数日前カフェで目にしたばかりの井堀先輩が、ものすんごい速さでオーボエの模擬店前にスライディング。


「あー、カズ先輩、お疲れ様ッす。どしたんすかそんなに焦った顔して」

「高崎、いるか?高崎ちゃん」

「高崎まゆ?いますよー、そこで焼き鳥焼いてる。おいで高崎、俺が代わるから」

「ありがとーございます。カズ先輩?どうしたんですか、私なんかのとこに来て……」

「高崎ちゃんオーボエどこに置いてる」


 びくん、と体がひきつった。


 オーボエ?オーボエは肌身はなさず身につけてて、今もお店の中に持ってきてて、そこの椅子の上に──


「──えっ」


 青ざめた。悪夢だと思った。

 恐怖のあまり吐きそうになる。膝が崩れてよろめいた。



 な、い。



 オーボエがない。


「──ウソだッ!!」


 叫んで椅子に飛びついていた。バッグはある。楽譜もある。衣装もある。だけど、だけど、楽器が……オーボエが、リードが。


 どこにもない。


「ウソ、いや、ヤだっ!ウソだよねっ?」

「……高崎ちゃん。聞いて」

「先輩、なんで?ねえなんで?」

「聞いて。俺の大親友がフルート科にいるっていっただろ、そいつがな、聞いちまったっていうんだ。キミのオーボエを──」

「あたしのオーボエを?」


 世界が真っ白だった。

 何も考えられなかった。


 カズ先輩の次の言葉を聞いた瞬間、全身で絶叫していた。


「キミのオーボエをどうにかしてやるって騒いでた後輩がいるって」




 ──歌苗




「歌苗!!」



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