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little  作者: 小糸
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皇帝

 私の周りの女の子たちは皆、彼を見ると背骨がなくなってふにゃふにゃになってしまう、と言う。

 あの低い声に名前を呼ばれたい、あの鋭い目に熱く見つめられたい、あの大きくてバランスのいいセクシーな体に抱かれたい、うんぬんうんぬん、留まることを知らぬ「彼」談義。


 かっこいいよね。

 ありえないよね。

 なんであんな人が存在するのか信じられない!


 今日も授業そっちのけで空気にハートマークを飛ばしている女の子達に、私はなんだかげっそりしながらオーボエをクロスでみがいた。リードの水分がちょっと足りない。だけどオケの授業はあと1時間、調整する時間はない。


(あー、やだなあ、次、あのドヴォルザークの協奏曲なのに……。)


 他でもない噂の「彼」がソリストを務める、チェロの名曲中の名曲。なんでかわからないけどオーボエも曲中で多用されてて、首席奏者である私が否応なしにソロを張らされる嫌な曲。


 泣ける。

 泣けてくる。


 今日もまた「彼」の怒声にぶっとばされるのかと思うと……。


(ちゃんと練習、してるのに。なんで気に入ってもらえないんだろう?)


「あ、ねっ、きたよーっ。瀬川君!今日もセクシー、シャツにジーンズvv」

「ちょっと遅かったね?実行委員の仕事かな」

「あ、伊勢君も来たわ!相変わらず仲良しな二人組み。うーん、眼の保養」

「今日はなんか機嫌よさそうだね~」

「…………。」


 きゃいきゃい言ってる皆から一線置いて、わたしはただ黙って楽譜をめくってた。いつもこう。わたしは流行の女の子たちにはついていけない。一緒にいると自分が地味でかわいくないダメな女の子に思えてくるから。実際そうなのかもしれないけど。


 ちっちゃくてショートヘアで大人しいけど、

 わたしにはわたしなりのポリシーがあるんだもん。


『カイ、来たね。では早速ドヴォルザークをはじめてもいいかな?』


 舞台袖から小熊を連想させる初老の男性がとことこと出てきて場をなごませた。カワイイけどこの方は世界的に有名な指揮者さまだ。

 ドイツ語で何言ってるかまったくわかんないけど、そのあたりは「彼」、瀬川界君がいるから問題なし。


『はい。ただ今日は──2楽章からやっていただいてもよろしいですか?気になる部分が多くあって』


 ネイティブであるウィルソン教授とほとんど変わらぬドイツ語で瀬川君は喋る。語学が大得意だそうで、5ヶ国語は軽いそうだ。すごい。そもそも世界的音楽家に呼び捨てにされること自体すごい。理解不能。


(っていうか、なんで2楽章なのー……。)


 泣きそうになりながらオーボエを構えた。楽譜を確認するとあるわあるわ、ソロの場面がめじろおし。これはイジメとしか思えない。


「はい、じゃあ始めましょう。今日は2楽章からネ。カイの希望だから」


 にこにこウィルソンは言い、それからふと真顔になってタクトを構えた。

 瀬川君は余裕しゃくしゃく、と言った表情で優雅にチェロを準備している。


 その姿、黒い髪、整った顔立ち、ちゃらちゃらへらへらしたとこが全くない空気、確かにすごく素敵だけども。


 わたしはあんまり、好きじゃない。



 っていうか、怖いんだ。



(ニガテ、なんだよねえ……)



 そう。


 学内の王者である瀬川君は、わたしにとって今一番怖い人物だったりした。


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