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森の守護者  作者: 紫桜
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第47話 はじめての衝突


第47話 はじめての衝突



朝の森は、昨日と変わらず静かだった。


光はやわらかく、風も穏やかで、何もかもがいつも通りに見える。


けれど何かが違う。


理由は分からない。


音も、匂いも、景色も、目に映るものは同じなのにどこかが、ずれている。


セレンの胸の奥が、わずかにざわつく。


言葉にできない感覚。


昨日、見た木々の奥に立っていた影。


神経を巡らせる。


けれど森は、応えない。


いつもなら感じるはずの“流れ”が、ほんの少しだけ鈍いのだ。


「……行こう」


セレンは小さく呟き、違和感に向かって歩き出した。


ここは、自分の大切な場所だ。


守りたい場所があるのなら、確かめるべきだと、そう思えたから。




森の奥、踏み慣れたはずの道が、わずかに遠く感じる。


足音が、やけに響く。


違う、周囲が静かすぎるのだ。


鳥の声がしない。


葉擦れの音も、少ない。


「……」


セレンが立ち止まったその瞬間。


かすかに、何かが軋む音がした。


前方、木々の隙間。


そこに人影があった。


今度は、はっきりと見える黒い外套。


顔は影に隠れている。


だが、相手の視線も、確かにこちらを捉えていた。


「……誰」


影に向かって問いかける。


声は、思ったよりも静かだった。


男は、少しだけ首を傾げた。


まるで、興味を持ったように。


「こんな場所に、子供がいるとはな」


低く、乾いた声。


森には、馴染まない響き。


「迷い込んだのか?」


「違う」


間を置かずに返す。


その一言に、男の肩がわずかに揺れた。


「そうか」


ゆっくりと、一歩。


距離を詰めてくる。


足音は、ほとんどしない。


それでも近づくたびに、空気が濁る。


息が、わずかに重くなる。


周囲を見回しながら、男が呟く。


「結界のようなものがある」


独り言のような言葉。


だが、その一つ一つが、セレンの中で引っかかった。


「……帰って」


気づけば、口にしていた。


「これ以上、奥に来ないで」


自分でも驚くほど、はっきりとした声だった。


男は、止まりゆっくりと視線を上げた。


影の奥で、目が細められる。


「ここは、入っちゃいけない」


言葉を選ぶ。


教えられたわけじゃない。


けれど、分かる。


ここは守りたい場所なんだ。


「ふむ……」


男は、少しだけ考えるように顎に手を当てた。


「では、試してみよう」


次の瞬間空気が、変わった。


男の周囲に、わずかに歪みが走る。


見えない何かが、収束する気配。


「――っ」


反射的に、体が動いた。


影に向かって踏み込む。


距離を詰める。


考えるより先に、手が伸びていた。


振り払うように、男の腕を弾く。


その瞬間。


鈍い音とともに、見えない何かが散った。


「……ほう」


男の声が、わずかに変わる。


興味が、はっきりと混じった声と視線。


セレンは、すぐに距離を取った。


心臓が、強く打つ。


だが、恐怖ではない。


集中が、研ぎ澄まされていく。


「それ以上、やるなら……」


言葉が、続く。


「止める」


自分でも驚くほど、迷いがなかった。


守るための言葉。


感覚が入っているのだ、入れてはいけないと。


男は、しばらくセレンを見つめていた。


やがて、ゆっくりと息を吐く。


「……なるほど、そうか」


腕を下ろす。


先ほどの歪みは、すでに消えていた。


「今日は、ここまでにしておこう」


あっさりとした声。


拍子抜けするほどに。


「だが――」


一歩、下がる。


「この森は、面白い」


その言葉だけを残して。


男の姿は、木々の奥へと溶けるように消えた。


足音は、最後まで聞こえなかった。


静寂が、戻る。


遅れて、鳥の声が一つだけ響いた。


「……」


セレンは、その場に立ったまま動かなかった。


手が、わずかに震えている。


今のは。


思い出される記憶、今のと同じ黒い外套の男達。


教団での魔力の訓練。


戦場で戦い周りに広がる血と火薬の匂い。


飛び交う雄たけびと悲鳴。


今のは戦い、ではない。


けれど。


「……来る」


小さく、呟く。


経験から来る確信に近い感覚。


さっきの男は、引いたのではない。


“確かめた”だけだ。


次は、もっと踏み込んでくる。


そう、分かる。


胸の奥に、静かに熱が灯る。


怖い、とは少し違う。


逃げたいとも思わない。


ただ――


「ここは、守らなきゃ」


その言葉だけが、はっきりと形を持っていた。


セレンは、踵を返す。


戻る場所は、決まっている。


伝えるべき相手も、分かっている。


森の中を、迷いなく駆けた。


その背に、わずかに風が追いかける。


まるで、応えるように。



---


森は、静かだった。


だがその奥で、


確かに“境界”は揺れ始めていた。



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