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森の守護者  作者: 紫桜
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第40話 はじめての頼まれごと


第40話 はじめての頼まれごと



朝の森は、いつもより少しだけ賑やかだった。


木々を揺らす風の音。


鳥のさえずり。


その中に、普段はない別の気配が混じっている。


「……」


セレンは、静かにそちらへ視線を向けた。


森の入口に近い場所。


かすかに聞こえる話し声。


人の気配がする。


いつもの静かな森とは、少し違う空気。


セレンは、無意識にその方向を見つめていた。


「行ってみる?」


隣で、シルヴァスが静かに言う。


急かすでもなく、試すでもない声。


セレンは少しだけ迷ってから――


「……うん」


小さく頷いた。




近づくと、人がいた。


かごを持って、地面を見ている。


葉をかき分け、何かを探している様子だった。


「……」


セレンの足が、少しだけ止まる。


胸の奥が、わずかにざわつく。


怖いわけじゃない。


でも、慣れていない。


「……」


ちらりと、隣を見る。


シルヴァスは何も言わず微笑んでいた。


「……」


セレンは、ゆっくりと息を吸う。


そして――


「……おはよう」


小さく、声をかけた。


少しだけ、ぎこちなく。


でも、確かに自分から出た言葉だった。


「ん?」


相手が顔を上げる。


少し驚いたように目を瞬かせて――


「おぉ、おはよう」


やわらかく、返ってきた。


それだけのやり取り。


でも、セレンの中で何かが静かにほどけた。


「……」


言葉は続かない。


でも、それでよかった。


「山菜を採ってるいるのかい?」


シルヴァスが、自然に会話をつなぐ。


「ああ、そうだよ。今の時期は柔らかくてね」


男の穏やかな声。


特別なことは何もない。


ただの、普通の会話。


「へぇ、そうなんだ」


セレンは、そのやり取りを横で聞いていた。


2人のやり取りを見ていて少しだけ、胸があたたかく感じた。


知らない人、だけど怖くない。


ちゃんと、ここにいられる。


「これ、少し持っていくかい?」


そう言って、小さな葉を差し出された。


「……!」


一瞬、戸惑う。


受け取っていいのか、分からない。


「もらったらいいんじゃない」


シルヴァスが、セレンを促す。


セレンは、少しだけ考えてから。


そっと、手を伸ばした。


「……ありがとう」


かすれた声。


でも、確かに届いた。


相手は、にこっと笑った。


「どういたしまして」


それだけのやり取り。


けれどそれだけで、十分だった。





帰り道。


森の中を、またふたりで歩く。


「……」


セレンは、手の中の葉を何度も見ていた。


人にもらったもの。


自分に渡されたもの。


不思議な気分にソワソワする。


手に持つ葉をぎゅっと、軽く握る。


「さっき、ちゃんと言えたね」


シルヴァスの手が、そっとセレンの頭に置かれた。


セレンは、少しだけ視線を落とした。


「……うん」


小さく、繰り返す。


胸の奥が少しだけあたたかくなる。


心地いい。


「ねえ、セレン」


シルヴァスが、ゆっくりと声をかけた。


「ちょっと頼みごとをしてもいいかな?」


セレンは、わずかに目を見開く。


「……たのみごと?」


その言葉は、まだ少しだけ遠い。


「うん」


シルヴァスは軽く頷いた。


「最近ね、一緒に作るごはんの材料が少なくてさ」


困ったように笑う。


「街で、少し買ってきてほしいんだ」


「……」


セレンは、黙る。


街。


人がたくさんいる場所。


この前、行った場所。


「……」


胸の奥が、少しだけざわつく。


怖い気持ち。


でも――


ほんの少しだけ、別の感情もある。


「……いけるかな」


自分でも分からないまま、呟く。


シルヴァスは、すぐには答えなかった。


ほんの少しだけ、間を置いてから。


「失敗してもいいよ」


静かに言う。


「買えなくてもいい」


「途中で帰ってきてもいい」


「やってみるだけでいいから」


その言葉は、やわらかかった。


でも、しっかりと届く。


「……」


セレンは、しばらく考える。


怖い。


でも。


さっきの「ありがとう」。


あのときの、あたたかさ。


「……」


小さく、息を吸う。


「……いく」


短く、言った。


でも、それは確かな“選択”だった。


シルヴァスは、ほんの少しだけ目を細める。


「そっか」


嬉しそうに、でも静かに。


「じゃあ、準備しようか」





家に戻ると、シルヴァスは小さな袋を用意した。


中には、必要な分のお金。


「これで足りるはず」


手渡された袋をセレンは、少しだけ緊張した様子で受け取った。


「……なくさない」


「うん、なくさないでね」


軽く笑う。


「ひとりで行けそう?」


シルヴァスの問いに、セレンは少しだけ黙り込む。


街の人の多さ。


知らない声。


まだ、少し怖い。


「……」


それでも。


逃げたくはなかった。


セレンは、小さく息を吸う。


「……いく」


不安は残ったまま。


それでも、自分で答えた。


シルヴァスは、その言葉を聞いて静かに頷く。


「うん。気をつけて」


セレンも頷きかけて――


少しだけ、動きを止める。


「……」


何か言いたそうなのに、うまく言葉にならない。


その様子を見て、シルヴァスはふっと笑った。


「もしかしたら」


シルヴァスの穏やかな声。


その瞬間。


ふっと、その姿が揺らぐ。


光がほどけるように形を変えて――


そこに現れたのは、小さな猫だった。


「……!」


セレンの目が、わずかに見開かれる。


「散歩中の猫が、途中まで同じ道を歩いてるかもしれないね」


「……ねこ」


セレンが顔を上げる。


「気まぐれだから、たまたまかもしれないけど」


少しだけ楽しそうに言う。


セレンは、しばらく瞬きをして――


それから、小さく頷いた。


「……いるかも」


「いるかもね」


「……ちいさい」


思わず、ぽつりとこぼれる。


「失礼だな」


少しだけ不満そうな声。


でもどこか楽しそうだった。


セレンは、少しだけ戸惑いながらも手を伸ばす。


そっと、抱き上げる。


「……あったかい」


無意識に、そう呟く。


猫――シルヴァスは、でしょ、とフフン、と鼻を鳴らした。


そのやり取りに、ほんの少しだけ空気がやわらぐ。


「じゃあ、行こうか」


セレンは、こくりと頷いた。


不安は、まだある。


でも腕の中のぬくもりが、それを少しだけ軽くする。


扉の前に立つ。


一歩、外へ。


「……」


振り返らない。


そのまま、歩き出す。


小さな袋を握りしめて。


大切なものを、抱えながら。




はじめての頼まれごと。


それは、ほんの小さな一歩。


けれど――


少年にとっては、


世界を変えるほどの、一歩だった。


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