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森の守護者  作者: 紫桜
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第33話 花に触れるということ


第33話 花に触れるということ


朝の光は、やわらかかった。


森の奥にある小さな家。


窓から差し込む光が、静かに部屋を照らしている。


「……」


セレンは、目を開けたまま天井を見ていた。


木の模様。


昨日と同じはずなのに――


少しだけ、違って見える。


(……あたたかい)


それが、最初に浮かんだ感覚だった。


ゆっくりと体を起こす。


昨日より、軽い。


まだ完全ではないけれど、動くことに抵抗はなかった。


「起きた?」


扉の方から声がする。


シルヴァスだった。


「……うん」


短く答える。


少しだけ、間が空く。


どう続ければいいのか、分からない。


そんな空気を、シルヴァスは気にする様子もなく言った。


「今日は少し外に出ようか」


「……外」


セレンはその言葉を繰り返す。


「うん」


シルヴァスは軽く頷く。


「昨日は夜だったしね」


「昼の森も、見ておくといい」


それは提案だった。


命令ではない。


セレンは少しだけ考えて小さく頷いた。




森の中を、二人で歩く。


朝の空気は澄んでいた。


鳥の声。


葉の揺れる音。


夜とはまた違う、はっきりとした“生きている気配”。


セレンは、周囲を見ながら歩く。


昨日よりも、視線がよく動く。


「……音、ある」


ぽつりと呟く。


シルヴァスは、少しだけ笑った。


「あるね」


「昼は賑やかだよ」


賑やか、その言葉を、セレンは頭の中で繰り返す。


(……にぎやか)


完全には理解できない。


けれど嫌ではなかった。




しばらく歩くと、ふいに視界が開ける。


木々が途切れた先。


そこには一面の花が広がっていた。


「……」


セレンの足が、止まる。


風が吹く。


花が揺れる。


色とりどりの花が、陽の光を受けて輝いている。


見たことがない景色だった。


「……なに、これ」


思わず声が漏れる。


シルヴァスは、その横に並んだ。


「花畑だよ」


あっさりとした答え。


けれど、その声はどこかやわらかい。


セレンは、ゆっくりと一歩踏み出す。


足元に広がる花。


踏んでいいのか、迷う。


「大丈夫」


シルヴァスが言う。


「道はあるから」


よく見ると、確かに踏まれていない場所が続いている。


セレンは、その上をそっと歩いた。


花に触れないように。


壊さないように。


「……きれい」


小さな声。


昨日の夜にも似た言葉。


でも昨夜とは少し違う。


目を細めて、じっと見る。


触れていいのか、分からない。


「触ってもいいよ」


シルヴァスの声。


セレンは、少しだけ指先で花びらに触れる。


やわらかい。


思っていたよりも、ずっと。


「……ちいさい」


「うん」


「でも、ちゃんと生きてる」


シルヴァスの言葉に、セレンは目を瞬かせる。


生きている。


この花も。


「……」


セレンは、しばらくそのまま花を見ていた。


風に揺れる様子。


光を受けて、きらめく色。


そのすべてを、じっと。


やがて、少しだけ顔を上げる。


「……とっていい?」


ぽつり、と。


その問いは、とても静かだった。


シルヴァスは、その言葉を聞いて――


ほんの少しだけ、目を細めた。


そして、ゆっくりと首を振る。


「ここでは、やめておこうか」


やわらかい否定。


「どうして」


セレンはすぐに問い返す。


責めるようではなく、純粋な疑問として。


シルヴァスは、花畑を見渡した。


「この子たちは、ここで生きてるからね」


静かな声。


セレンは、その言葉を聞いて花を見る。


風に揺れている。


光を浴びている。


確かに“ここにあるから”そう見える気がした。


「持っていくと、すぐに弱ってしまう」


「それは少し、かわいそうだろう?」


セレンは、何も言わなかった。


ただ、ゆっくりと手を引く。


触れていた花びらから、指が離れる。


「……うん」


小さく、頷いた。


その反応を見て、シルヴァスは少しだけ微笑む。


それから、一本の花の前にしゃがみ込んだ。


「でもね」


そう言って、花にそっと触れる。


「ちゃんと、お願いすればいい」


セレンが顔を上げる。


シルヴァスは、花に向かって小さく呟いた。


「少しだけ、いいかな」


風が、やわらかく吹く。


花が、揺れる。


それから一本だけ。


自然に、折れるように手の中に収まった。


無理にちぎったわけじゃない。


まるで、応えたかのように。


「……」


セレンは、目を見開く。


シルヴァスは、その花をそっと持ち上げた。


「ありがとう」


小さく、そう言う。


それから、セレンの方へ向き直る。


「ほら」


そっと、差し出す。


セレンは、少しだけ迷ってから受け取る。


手の中の花はさっき触れたものと同じはずなのに少しだけ、違って感じる。


「……いいの?」


「うん」


シルヴァスは頷く。


「一輪だけ、分けてもらった」


「大事にすればいい」


セレンは、花を見る。


壊さないように。


落とさないように。


慎重に持つ。


その様子を見て、シルヴァスはふっと笑った。


そして、そっと手を伸ばす。


セレンの髪に、その花を差し込む。


「……」


セレンが、少しだけ固まる。


「似合うね」


やわらかな声でシルヴァスがとてもニコニコと楽しそうにしているのでセレンは、何も言えなかった。


ただ胸の奥が、少しだけざわつく。


嫌じゃない。


むしろ少し、あたたかい。


「……ありがとう」


小さく、ぎこちなく言う。


その言葉に、シルヴァスは少しだけ目を細めた。


「どういたしまして」


自然な返事。


そのやり取りが、静かに空気に溶ける。





花が揺れる。


風が吹く。


その風に花の甘い香りが混ざる。


セレンは、その中に立っていた。


壊さないように触れること。


奪わずに、受け取ること。


それを――


少しだけ、知った。




森の中で。


少年は初めて、


“美しさをそのままにしておく優しさ”を知る。


小さく可憐で儚くても


そこにちゃんと生きている。


それはまだ、小さな感情。


けれど確かに――


根を張り始めていた。




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