第14話 街の買い出し
第14話 街の買い出し
訓練を始めてから、数日が過ぎた。
さくらはまだ魔法を使えるわけではない。
だが、自分の中にある魔力の感覚は、少しずつ分かるようになってきていた。
体の奥に灯る、小さな光のようなもの。
呼吸を整えると、それがゆっくり静まる。
セレンはそれを見て、満足そうに頷いた。
「うん、いい感じだね」
さくらは少し照れくさそうに笑う。
「まだよく分からないですけど……」
「それでいいよ」
セレンは穏やかに言った。
「焦らなくていいから」
それから、ふと思い出したように言う。
「そうだ、今日は街に行こうか」
「食料とか薬草とか、色々足りなくなってきたし、ついでに気分転換にもなるしね」
さくらの顔がぱっと明るくなる。
森の生活はだいぶ慣れたし嫌いじゃない。
むしろ落ち着く。
でも、久しぶりに人のいる場所へ行けるのは嬉しかった。
「行きたいです」
セレンは軽く笑った。
「じゃあ準備して」
しばらくして、二人は森の道を歩いていた。
木々の間を抜ける細い道。
街まではそれほど遠くない。
歩きながら、さくらはふと気づく。
「セレン」
「ん?」
「今日は女の人の姿じゃないんですね」
さくらの視線の先には、男の姿のセレンがいる。
銀髪。
整った顔立ち。
背も高く、すらりとしている。
初めて見たときも思ったが、やはりとても綺麗な人だ。
セレンは微笑む。
「まぁ、たまにはね」
「別に隠す必要もないし」
微笑む姿に改めて綺麗な人だと噛み締めながらさくらは頷いた。
そして、街に着く。
小さな街だが、人通りはそれなりにある。
市場の声。
行き交う人。
久しぶりの賑やかさに、さくらは少しわくわくした。
しかし——
通りを歩き始めてすぐ、視線を感じた。
「……?」
ちらちらと人が振り返る。
特に女性たち。
さくらは隣を歩くセレンに視線が集中していることに気づいた。
こちらでは若い女性がひそひそ話している。
「見て、あの人……」
「素敵……」
「どこかの貴族かしら?」
さくらは横目でセレンを見る。
本人はまったく気にしていない様子で、普通に歩いている。
今度はこっち。
前に来たときは、女性姿のセレンが注目を浴びていたが男性姿でもやはり目を引く。
行き交う人の視線を浴びながら市場で食材を買い、薬草をいくつか探す。
店主がセレンを見るなり、にこにこ笑った。
「お兄さん、いい男だねぇ」
そう言いながら、袋に野菜を多めに入れる。
「おまけしとくよ」
さくらは目を丸くした。
(またおまけ)
セレンは慣れた様子で軽く頭を下げる。
そして優しい笑顔を見せる。
「ありがとう」
買い物を終え、帰ろうとしたときだった。
通りの角に、小さなパン屋があった。
焼きたてのパンの香りが漂ってくる。
つられるようにさくらのお腹が小さく鳴った。
セレンがそれに気づく。
「パン、食べる?」
さくらは慌てて首を振る。
「だ、大丈夫です!」
だが、お腹は正直だった。
セレンはくすっと笑う。
「遠慮しなくていいよ」
そう言ってパン屋に入った。
店の奥から、ふくよかな女性が出てくる。
「あら、いらっしゃい」
おばさんは声をかける。
そう言いながら、二人を見る。
そして、にこりと笑った。
「まあ」
「可愛いお嫁さん連れてるじゃないか」
さくらは一瞬、意味が分からなかった。
「……え?」
すぐに顔が真っ赤になる。
「ち、違います!」
慌てて手を振る。
「そ、そういうのじゃなくて!」
横を見ると、セレンも少し驚いた顔をしていた。
「あ、いや……」
珍しく言葉に詰まっている。
おばさんは楽しそうに笑った。
「照れなくていいよ、仲良さそうだもの」
さくらはさらに顔が熱くなる。
セレンは軽く咳払いをした。
「パンを二つ、お願いします」
話を変えるように言う。
おばさんはにこにこしながらパンを袋に入れた。
「はいよ」
そして袋を渡すとき、小さなパンをもう二つ入れる。
「これはおまけ」
さくらは目を丸くした。
「え、でも……」
「いいのいいの」
おばさんは笑う。
「可愛いお嫁さんがいるんだもの」
さくらは何も言えなくなった。
店を出てからもしばらく顔が熱い。
セレンは少し歩いたあと、ふっと笑った。
「お嫁さん、だって」
さくらは思わず抗議する。
「セレンまで言わないでください!」
「ごめん、ごめん」
セレンは笑いながらパンを差し出した。
「はい」
さくらはむくれながらも受け取る。
温かいパンの香りが広がる。
「美味しい!」
一口食べると、とても美味しかった。
歩きながらパンを食べる。
森へ帰る道。
セレンはふと、隣のさくらを見た。
嬉しそうに膨らませながらパンを食べている。
その姿を見て、胸の奥に小さな違和感が生まれた。
さっきのおばさんの言葉。
「お嫁さん」
その言葉が、妙に残っている。
セレンは視線を前に戻した。
——その言葉が、なぜか頭から離れなかった。
(何を考えてるんだ、ぼくは)
小さく苦笑する。
その横で、さくらは気づかないままパンを食べていた。
森の道を、二人はゆっくり歩いていく。
師匠と弟子。
けれど、その関係は少しずつ、
静かに変わり始めていた。




