デスゲーム世界に閉じ込められましたが、現実の僕は植物状態で動けないので意外と幸せです……そんなわけなかった
匂う
ガソリンの匂いだ。
火が燃える音もする。
近くで燃えているのだろうか、いやそんなことはどうでもいい。
「……!」
僕の視界に広がるのは灰色の壁だった。
左頬が壁に接触し、その冷たさが――いや、これは壁じゃない。
白線が見える。
――ここは、道路の真ん中だ。
(……何でだよ)
状況が理解できない。
だが、もはや理解する必要もないのかもしれない。
なぜなら、意識は真っ暗闇の深い底まで落ちていったのだから。
***
『はっ、はっ……!』
金魚鉢くらいの大きさの水槽の中で必死に藻掻いている自分を誰かが見ているような気がした。
いや、この表現は正確ではないのかもしれない。
何故なら、僕は藻掻いているどころか指先一つも動かせないのだから。
上手く言い表すことができないが、ともかく次に僕を暗闇から引っ張り出してきたのは、謎の人物の甲高い声だった。
「レディース&ジェントルメン!!Occupation Onlineの世界へようこそー!」
「は?」
自分が聞いたことのないくらい素っ頓狂な声が口から漏れた。
でも、視界にはさっきの灰色の壁――いや、アスファルトの地面は映っていない。
それどころか、今度はレンガで舗装された地面の上に突っ立っている。
「ここは一体、僕以外にもいっぱい。何で、僕はここに……?」
東京ドームがそのまま中世の世界に来たような、歴史の授業で言っていたローマのコロッセオと酷似している。
どうやら、この場にいるのは僕だけではなく同様に首をかしげている人が推定、何百人以上も果てなく見えた。
だが、それよりも目を奪われたのは空中に浮かぶ巨大なキツイレオタードに身を包んだマジシャンのような服装のバニーガールの女性だった。
「混乱してますねー。まあ、どうでもいいので話を進めますよ。私はこのゲーム案内人のアフェと言いまーす!」
プロジェクションマッピングと言う奴だろうか、それとも僕のただの夢か
思わず頬をつねるがちゃんと痛い。
周りも同様なのか、同じようにつねる人が何人もいる。
「い、痛い……夢じゃない?」
「夢じゃねえよ。黙って聞いてろ、二度は言わねえぞ」
最初の甲高い声はどこへやら、急に声のトーンが落ち淡々と僕たちを見下ろす。
物理的に大きいということもあったが、その無機質のような瞳はまるで虫でも見下ろしているようだった。
「お前らは親、兄弟、その他諸々に人権を売られた実験体でーす」
「実験体……?」
脳が、彼女の言った言葉を認識するのを拒否している。
その代わりに口から漏れたその一言が波紋のようにこの場を波及していくのがわかった。
(いや、そもそも人権って売られるもんじゃないし……ありえない。やっぱり、夢?夢じゃなかったら拉致?)
「ありえねえなんて思ってるんだろ?お前らみたいな凡人は発想がしょぼいんだよ」
その瞬間、思考を言い当てるように彼女が言い放つ。
ゾワリと背筋に何かが走ったのを感じた。
「それで、お前らには……」
「何言っているんだ!我々を解放しろ!!」
だが、彼女が言葉を続けようとし時、遮るようにどこからか声が上がった。
「あー貴方は……」
「私は警察官だ。これは、立派な拉致監禁だぞ。即刻、解放しなさい!」
「はあ、警察官なら身の程をすぐ早く認識すべきですよー。でも、そうですね。この場には文字通り身を知らない方も多くいると思うので教えてあげますよ。身の程を」
警察官の登場と言う犯人側が少しくらい動揺してもおかしくない状況ながらその態度を崩さない。
それどころか、逆に挑発して見せる。
それはつまり、彼女が警察相手でも何もできないような絶対的な位置にいるのではないかと推測できてしまい背筋を凍らせた。
「はーい。じゃあ、身の程を知らないみなさーん。『アイテム』と言った後『現実の鏡』と言うアイテムをタップして『アクティブ』と言ってくださいねー」
「え……あ」
そんなゲームみたいなと一瞬思ったが彼女が開幕で『Occupation Onlineの世界へようこそー!』と言っていたのを思い出した。
まさか、と脳裏に嫌な予感が充満していく。
「あ……あ、アイテム。タップして……アクティブ」
すると、僕の目の前に本当にゲームのウィンドウのような物が現れた。
そして、『現実の鏡』と言うアイコンをタップしてアクティブと言ったその時、僕の手の中に手鏡が現れる。
(ただの鏡……じゃない)
思わず、覗き込むと映ったのは反射した僕の顔――ではなく、病室の写真だ。
そこには、白いベッドにたくさんの管で繋がれて、今にも死にそうな顔色の僕が寝そべっていた。
そして、極めつけは――
「状態……植物状態?」
「はーい。皆さん、身の程をしれましたね。この場には、ニート、介護者、障害者、植物状態、単純に恨みを買った人……などなど人権を売られてもおかしくない方が集まっていまーす!」
「人権を売られた。まさか、あの……あれって」
ここで、目覚める前の最後の記憶。
ガソリンと火の匂い、起き上がらない体、落ちていく意識
ここまでの全てが本当のことなら、僕は事故か何かにあってそのまま植物状態になり、家族の誰かに人権を売られたという事なのかもしれない。
「皆さんには、これから1年以内に『Occupation Online』のゲームクリアを目指してもらいます」
(ゲームクリア。はっ……)
さっき頬をつねった時、現実世界と勘違いしてしまうほど感触はリアルだった。
状況から考えるに日常系のゲームではなさそうだ。
つまり、ジャンルはアクション系のRPG
「クリア条件はダンジョン100階層目に鎮座するラスボス『創維再神シヴァ』を討伐してもらいまーす。そうすれば、貴方達を現実世界に返してあげます」
「げ、現実世界に、でも……」
僕が戻ったところで植物状態の体では意味がない。
それなら、むしろ自由に動けるこの世界の方が都合がいいのではないか、そう思ってしまう。
「安心してください。もし、クリアすれば植物状態でも何でも今の貴方を上書きすることで蘇生してあげましょう」
「っ!!」
その条件は願ってもないことだ。
だが、その瞬間またどこからか声が上がった。
「待ってくれ!もしも、クリアできなかったらどうなるんだ!」
「安心して下さい。このゲームから一生出られないだけですよ。肉体は処分しちゃうので」
「肉体を処分……死ぬってことか」
「逆に言えば1年の間はいくらゲームの中で死んでも大丈夫ってことです!リスポーンもできますよー」
1年は生きていられる。
一瞬、喜びかけたが隣から『それなら楽勝じゃねえか』と声が上がった瞬間に我に返った。
(それって、1年は絶対に死ねないってことじゃないか。ここはゲームだけど、限りなくゲームじゃない。痛覚も現実と変わりない)
そんな世界でラスボスを倒せなんて正気じゃない。
ゲームで銃を撃っていた人間が実際の戦場に出るような物だ。
その後のことはよく覚えていなかった。
「……ですから。皆さん、頑張ってくださいねー!」
色々、言っていたような気がしたが耳は右から左に言葉を聞き流したまま時間だけが流れる。
気づけば、アフェと言う女性は消えていて、この場にいる人間もまばらになった頃やっと自分を取り戻していた。
「どうすれば、どうすればいい……いや、行こう」
頼れる大人は周りにはいない。
迷いはあるけど、不思議と歩こうと思えた。
そして、これまた不思議と歩くたびに自分が前人未踏の地を踏んでいるかのような誇らしさがあった。
(さっき、自分の体を見たからかもしれないけど……)
出来れば、今からでも『ドッキリ大成功』とプラカードでも出てくれれば嬉しいのだが――
そんな、荒唐無稽な妄想を垂れ流しながらその場を後にすると思わず息を呑んだ。
「日本じゃない……」
コロッセオから出るまで、僕は僅かな希望を持っていた。
だが、少し開けた場所に出るとその希望は一瞬で塵に変わる。
人の賑わう街並み、だが東京のように巨大なビルは一つも見当たらない。
その代わりレンガ造りの建物、薄っぺらい布が天井としてかけられた露店が所狭しに敷き詰められていたのだ。
もし、ここがゲームの世界だと言われなければ僕はタイムスリップか何かだと勘違いしている所だった。
急に心の奥が凍てつき始めるのを感じながらも日が出ている内に探索を始めようと一歩踏み出そうとしたその時――
「待ちな」
前方から声がかかる。
視線を向けると、そこには煙管をふかした老婆が椅子に腰かけていた。
「あんた、二週目組だろ」
「に、二週目組?それは、どういうことですか?」
意味不明な一言に思わず首をかしげて聞き返してしまう。
(……この人、NPCか?)
例えば、ここを通ったことを条件に説明をしてくれるNPCがいたっておかしくない。
プレイヤーだとすれば、この場にいることがおかしいし初期だと雑な防具程度しか身に着けていないはずだ。
だというのに、この老婆は煙管までふかしている。
「あたしをNPCだって思ってる顔だね。違うよ。あたしは、NPCじゃない。一週目組さ」
「NPC……じゃない。ま、まさかプレイヤーは複数に分けて始まるってことですか?」
ならば、彼女の豪華絢爛な服装も合点がいく。
だが、その装備の差は推定一、二カ月程度で生まれる物には見えない。
「もしかして、一週目は半年……いや、それだと一週目と二週目が協力して容易に攻略できてしまうんじゃ……一年以上間が空いてる?」
「ふっ、あんたに声をかけて正解だったね。頭の回る利口な子じゃないか。大正解さ」
「っ!それじゃあ、一週目はもう……」
「体を処分されて、リスポーンも出来やしない。『現実の鏡』にもあたしの姿は映らなくなっちまったからね」
体が震える。
僕たちは、”まだ”生きていられるが、あくまで現状の話だ。
そして、実際に体を失った先人の姿を見てこのゲームが紛れもない死のゲームだと体が感じ取ってしまった。
「……それで、何で僕に話を」
「ああ、その前に自己紹介から始めるとしよう。あたしは、明時 無無。ジョブは鑑定士さ」
「僕は、影山 阿歩炉って言います。ジョブは……ジョブ?すみません、ジョブってどこで見れるんですか?」
何だか当たり前のように言うもんだからスルーしてしまったが、ジョブとは完全に初耳のワードだ。
ゲームの世界だし、十中八九『職業』のことだろうが、それでもこの世界にそんなものがあるなんて知らなかった。
「……あんた、あの女から説明も何も聞いてなかったね。ステータスオープンって言えば出るよ」
「す、ステータスオープン」
恐る恐る呟くと、アイテムを使った時と同じく空中にウィンドウが出現した。
***
名前:影山 阿歩炉
LEVEL:1(上昇不可)
JOB:救世主(変更不可)
HP:1(装備効果)
MP:10
攻撃力:1(装備効果)
防御力:1(装備効果)
魔法力:1(装備効果)
治癒力:1(装備効果)
素早さ:1(装備効果)
スタミナ:10
器用さ:1(装備効果)
アクティブスキル
・安楽死の剣
パッシブスキル
・命の十字架
装備
右腕:なし(変更不可)
左腕:なし(変更不可)
頭:なし(変更不可)
胴:皮の鎧(変更不可)
腰:皮のズボン(変更不可)
手首:救世主の枷(変更不可)
足:皮の靴(変更不可)
アクセサリー:なし(変更不可)
***
「えぇ……」
色々ツッコミどころが多すぎるが、まず『救世主』って職業なのか?
だが、目をこすって見てもちゃんと『JOB:救世主』と書かれている。
「ほら、どうだった?」
「ど、どうだった?どうだった……どこから説明したらいいのか……」
「なら、あたしの名前を呼んでステータス開示って言えば共有させられるわ」
「は、はい。明時 無無さんにステータス開示」
すると、僕の方に表示されていたウィンドウが彼女の方にも同様に現れる。
それを、まじまじと見た彼女の表情は段々と暗くなっていき最終的には僕と同様に目をこすって首を傾げた。
「『救世主』ね。LEVEL:1と言ってもステータスが低すぎるし、アクティブとパッシブのスキルが最初からある。装備には変更不可の物まで……」
「どうなんですか?」
「わからないね。あたしも、一年はここにいるがこんなJOBを見たことはないねぇ。とりあえずスキルを調べてみたらどうだい?長押しして見な」
「は、はい」
言われた通り、『安楽死の剣』と『命の十字架』の二つのスキルを長押しして見ると更にウィンドウが出現する。
***
・安楽死の剣
契約を結んだ者のみに使用でき、対象に刺すことで苦しみの一切ない死を与えることが出来る救済の剣。
なお、使用者にペナルティは訪れず、経験値も獲得できず、自身には発動できない。
消費MP:0
***
・命の十字架
安楽死の剣で刺した際に発動する。
刺した対象がリスポーン不可のプレイヤーの場合、対象のJOBに応じてスキルを獲得し十字架としてアクセサリー爛に装備することが出来る。
なお、パッシブスキルの場合は重複し十字架を変えても共有される。
***
「何だ、これ……」
絶句、説明文を一通り読んで口に出せた感想はその程度のものであった。
言い方を選ばなければ人を殺せば殺すほど強くなるということだ。
確かに、死は救済だと誰かが言っていた気がするがやる側になるなんてたまったもんじゃない。
いや、人を殺すなんて僕がやるはずもないのだが
「……難儀だね」
「え?」
そう言えば、ウィンドウが共有されているのであった。
その気になれば、彼女もスキルの効果を見れるのだ。
「スキルはまだいい。だが、これを見な」
そう言って指を刺したのは腕装備である『救世主の枷』であった。
彼女の表情から読み取るに絶対にろくでもない物であることは間違いない。
恐る恐る指をのばし詳細のウィンドウを開く。
***
・救世主の枷
これを装着している間、プレイヤーのステータスがMP、スタミナを除いて『1』に固定され、経験値を得ることが出来ず装備、JOBを変更することもできない。
パッシブスキル『命の十字架』が初めて発動した際にこの枷は破壊される。
これを付けている際に、安楽死の剣を使い対象を殺害した場合、対象がこれまで得た経験値を全て取得することが出来る。
***
「……」
もう言葉も出ない。
何というか、何でこうなったのか作った奴に小一時間――いや、丸三日は問い詰めたい。
「なるほどね。一週目だとこのJOBの持ち主がいないわけだ。つまり、あんたは一週目の人間を誰か殺さないとレベルアップすらできないってわけだ。殺す当てはあるかい?」
「あるわけないでしょ!!っ、ごめんなさい。怒鳴って……そもそも誰も殺しません」
「じゃあ、どうやってこの世界で生きていくのさ。一生LEVEL:1ってわけにはいかんでしょ」
「……ど、どうにかします」
あてはない。
だけれど、人殺しになるくらいなら他の可能性を探した方がマシに思えた。
だが、それはついさっきまでの話だ。
「はぁ……当てなら目の前にいるじゃないか。老い先短い一週目の老婆がね」
「……何、何、え、あ……な、何言ってるんですか?」
思わず口ごもってしまうほどの衝撃だった。
一切の誤魔化しなく彼女は自身の命を目の前の見ず知らずの若者に差し出そうと言ったのだ。
「最近の若者は察しが悪いね。あたしの命をあんたにやるって言ってるんだよ」
「だ、ダメです!そんなのいけない、やっちゃいけない!だ、第一僕にはそんなことできない!!」
僕に人殺しの経験なんてないし、する勇気もない。
たとえ、それが苦痛のない死だとしても僕にはやろうとは思えなかった。
「やらなかったら、あんたがただじゃ済まないだろうね。だが、あたしとしてもデメリットばかりじゃない」
「え?」
「あたしは元は攻略隊の一員だった。けど、一年が経過してリスポーンできなくなると急に死が怖くなっちまった。苦痛ある死ってやつがね」
「安楽死の剣なら苦しみはない……」
「そうさ」
そう言い放った彼女の顔は、ただの老婆の物ではなく歴戦の戦場を潜り抜けた猛者の顔になっていた。
それだけで、戦いの壮絶さがひしひしと伝わってくる。
「それに、ここにいれば長生きはできるがね。いずれ来る終わりにびくびく震えていなくちゃいけない。あたしはそんなの嫌なのさ」
「何で、何ですか?死ぬよりはマシじゃ……」
「生きていると死んでいないだけは大違いさ。あたしは後者ね。だから、人生の幕引きくらいは自分で決めたい。ただ、それだけの話さね」
気迫、とにかく目に見えない何かに僕はじりじりと押されていた。
心臓が持ち上げられているような、妙な違和感と不快感が心の奥底からこみ上げてくる。
「はぁ、はっあぁ……っ、無理です!!」
やがて、それに耐えられなくなった僕は捨て台詞を吐きながらその場を逃げるように去って行った。
「……あっちは、フィールドの方か。ま、すぐ戻って来るだろうね。死んで」
だが、それを憐れむような瞳で彼女は呟くのであった。
***
なりふり構わず走った。
現実の体よりずっと体力が多かったがそれでも息が切れるタイミングでその場に立ち止まる。
「……大体、おかしいんだ。人を殺さないと何もできないなんて。そんなの間違ってる」
自分に言い聞かせるように呟きながら顔を上げると、空中に浮くウィンドウに目が止まる。
「『始まりの平原』……ああ、だいぶ走って来たから街の端まで来ちゃったのか」
いかにも最初のフィールドのような名前の平原が一、二歩進めば広々と広がっている。
だが、そこには当然モンスターの姿もちらほら見えていた。
思わずの喉を鳴らす。
怖いんだ。
「っ、何が救世主の枷だ!関係ない。ステータスがいくら低くたって全部避けちまえばいいんだ」
自身を鼓舞するように叫びながら僕は街の外に出た。
すると、街の出入り口すぐに待ち構えていたように僕の足と同じくらいのサイズの立派な牙を持つ猪が現れる。
「フゴッ!」
「ひっ」
ただの威嚇でも情けない声が口から漏れる。
僕の視線は気づけば無意識にあの鋭い牙に注がれていた。
動けない。
あまりにも足が重たくて後ずさりも出来ずその場に釘付けになっていたのだ。
「フゴゴゴゴッ!」
互いに何もしてこない膠着状態はそう長く続かなかった。
痺れを切れした猪の魔物が真っすぐ僕の方に突撃して来る。
ステータスが低いとはいえ、相手の動きは特別素早いわけじゃないので回避は容易だろう。
しかしながら、その大衆に当てはまる常識は今の僕には適用対象外であった。
「く、来る!よけ……」
――言葉を言い終える間もなく僕の体は宙を舞う。
そして、まるで水きりで川に投げられた石のように地面を何回か飛び跳ねながらやっと何かにぶつかって停止した。
「ひゅっ、こひゅ」
肺がやられたのか息が上手くできない。
それどころか、僕の目の前にはさっきの突進をもろに食らったことで突き刺さった牙によりまき散らされた臓物たちがありありと映っていた。
HP:0
当然、ステータスが枷によって弱体化している僕はこれだけで死ぬ。
それも、なぜかこの世界はゲームだというのにやけに感覚などがリアルだ。
目の前には臓物の他にも赤と黒の動脈と静脈からそれぞれ漏れたであろう血が映った。
(寒いよ)
もう、瞼を閉じる力もなく。
ただ、目の前の猪に僕のまき散らされた臓物を食われている様子を目に焼き付けさせながら生涯に幕を閉じた。
***
――死んだ。
そう思って世界が暗転した瞬間、目を覚ました。
「こ、こは……最初のコロッセオ。っ、はぁ……ぅぁああ」
間違いない。
最初に、ゲームの案内役と名乗った人物から説明を受けたコロッセオだった。
だが、それを知覚してすぐ逃れられない不快感が体の中からこみ上げてくる。
反射的に口を押えるが何も出てこない。
おそらく、嘔吐は実装されていないのだろう。
「……はっぁ、死んだ。僕、絶対に死んだ」
思わず臓物の漏れたお腹に手を重ねる。
腹に穴なんて開いてなかったが、それでもそうしていないといつこぼれてしまわないかと不安だった。
――そのまま、数十分同じ体制のままじっと留まっていた。
そして、少し落ち着いた頃。
辺りを見渡してみると、僕と同様に真っ青の顔をしながら腹部や顔を抑えている人が何人もいた。
「他にも……そうか皆もここがリスポーン地点なんだ。それに、あの人は……」
加えてよく見れば、最初の説明でリスポーン可能だと言われたとき楽勝だと言っていた少年もそこにはいた。
蹲って、今にも死にそうな顔で震えていたが――
(僕って相当マズいんじゃ……)
人の振り見て我が振り直せと言うが、まさに僕は怯える他人を見て冷静にはなって来た。
しかしながら、それが余計に僕の現状の深刻さを露呈させた。
「……行こう」
だが、それを薄々わかっていてもこの場にいるとより塞ぎ込んでしまうと考えて再びコロッセオを後にした。
***
後にしてすぐ、さっきと同じ道を歩いていると再びあの老婆――いや、明時 無無さんと目が合った。
「おかえり。どうだい、始めて死んだ気分は」
「……最悪です」
「だろうね。皆、誰しも通る道さ。酷い奴なんか凌辱されたってやつもいるらしいからね。気を付けなよ」
「り、凌辱!?わ、わかりました」
伊達に人権を売られてまでゲームに参加させられたわけではないということを実感した。
本気でこのゲームを作った人間はプレイヤーをおもちゃか何かだと思っているのかもしれない。
「それで、あたしを殺す気は固まったかい?」
「か、固まるわけないですよ!と、とにかく殺しはしません」
「何で頑なに頷かないのかね。何か理由でもあるのかい?」
「……ただ、したくないだけです」
復讐であれ、何であれ殺人が肯定されていいはずがない。
人殺しがやってはいけない理由なんて本来は考える必要はないのだ。
理由なく、やってはいけない――これに尽きる。
「それじゃあ、どうするんだい?あんたのステータスじゃ最初のモンスターにすら勝てないのは嫌でもわかっただろ」
「そ、それは……はい、攻略は諦めます。大人しく”その時”を待とうと思います」
その時、と言うのはもちろんこの世界の終わりであるゲームクリアである。
それまで、この街に滞在し続ければ少なくともモンスターと戦うことはないだろう。
「ちなみに言っておくけどあたし達は普通にお腹も空くし、睡眠も必要になる。そのためには金が要る。そして、あたし達が稼ぐ手段はモンスターを倒して得るゴールドと素材を売った金くらいだ。現実みたいにバイトもない」
「……戦闘は避けられない。もし、飲まず食わずで過ごしたらどうなるんですか」
「そんなの現実と同じさ」
「はっ、はは」
乾いた笑いが口から漏れる。
なんてことだ、なんてことだと、頭の中がパニックどころの話じゃない。
「だから、あんたが取れるのは三つの選択肢しかない」
「み、三つ……」
「そうさ、一つ目は、全部諦めて餓死。二つ目は、死ぬ覚悟でモンスターを倒す。三つめは……あたしを殺して枷を外すだ」
そんなこと、改めて言われなくても理解している。
だけれど、それを選ぶことが僕にはどうしてもできなかった。
「おすすめは、もちろん三だよ。あんたも知っていると思うけど死ぬのって辛いからね。さくっと安楽死の方が何倍もいい」
「……選べない。選べないです!」
「現実を見な!あんたはもう選べる立場じゃないんだよ。もし、あんたがあたしと出会ってなかったら三番目の選択肢はなかった。それくらい、深刻な立場にいることを理解しなよ!」
そうだ、その通りだ。
世界を探しても、殺してくれなんて言って実際に死にたいと命を差し出してくれる奴なんて多くはない。
文字通り、チャンスが目の前に転がっている。
覚悟だ。
覚悟がいる。
彼女がこの先得ただろう幸福と過去に培ってきただろう幸せを潰してしまった”罪”を背負う覚悟が必要なんだ。
「……っ」
我が身可愛さだ。
どんなに綺麗な言葉で取り繕うが、相手が了承しているからだろうが、これから僕が行うのは自己の保身のために他ならない。
そう思っていないとやっていられない。
「……明時さん」
「なんだい?」
優しい声色が蹲る僕の体にしみる。
「僕のために……」
言ってしまうのか、喉の奥まで出かかった言葉が引っかかる。
顔を上げる。
彼女と目が合った――とても、優しい目をしていた。
「死んでください」
言った。
言ってしまった。
「いいよ。ほら、阿歩炉。殺るなら、きっちり殺ってくれよ」
「……はいっぅ。『安楽死の剣!』対象は明時 無無さん」
そのスキルの名を噛みしめるように叫ぶ。
すると、僕の手の中に光り輝く光剣が出現する。
その瞬間、彼女の目の前にウィンドウが現れた。
「どうやら、これが契約って奴らしいね。ほら、YESと」
彼女は迷うことなくYESを押す。
それと同時に、僕の手の中にある光剣が更に眩く淡く輝き出した。
「……あとは、刺すだけみたいですね」
「ああ、ほらさっさと殺りな」
「……」
「どうしたんだい?」
ダメだ。
手が重い、あの猪のモンスターと対峙したとき以上に恐怖に体が蝕まれている。
その時はまるで、体が岩になったみたいだった。
すると、彼女は僕の状態を察したのか口を開き喋り出した。
「……その、なんていうだろうね。あたし達はもう現実の体はないんだ。だから、NPCを殺すような物だと思えばいいじゃないか」
「NPCを殺す、NPCを……」
「だから、ほらちょっと構えてみな」
そう言って、彼女は武器を持つ手の方に歩み寄る。
「……ありがとう。あたしを、救ってくれて」
「え?」
そのまま、流れるように僕の手を掴み『救世主の剣』を自身の胸に突き刺した。
LEVELが上がりました。
最悪の神の声が脳内に響き渡る。
だが、そんなことに気にせず僕はすぐ光剣を手放し倒れる彼女を支えた。
あっけのない、感触のないその光景にまだ脳が追いついていない。
「……」
――反応はない。
そして、瞬きした次の瞬間にはぱきっと何か折ったような音と共に手から体重が抜けていった。
***
枷は外れた。
「……僕が、殺したのはNPC」
『だから、NPCを殺すような物だと思えばいいじゃないか』と言う彼女の一言を復唱するように戒めるように呟く。
「殺したのは……N、NPC。NPCなんだ。NPC……なのか」
先ほど会ったばかりなのに僕に優しくしてくれた彼女はNPCだったのか。
目を閉じればさっきまでの会話が思い浮かんでくる。
「なわけねえだろうがよ!!」
激高しながら、近くの壁を全力で殴る。
痛い、痛いけれどそれを感じ取れなくなるほど胸の奥が痛かった。
だが、これにより枷は外れた。
それは、事実だ。
***
名前:影山 阿歩炉
LEVEL:53
JOB:救世主
称号:救世主を語りし偽善者
HP:253
MP:223
攻撃力:184
防御力:143
魔法力:124
治癒力:138
素早さ:154
スタミナ:165
器用さ:146
アクティブスキル
・安楽死の剣
・傲慢の十字架
・天罰の十字架
・鉄槌の十字架
・沈黙の十字架
・癒しの願い
・力の願い
・『鑑定』
パッシブスキル
・命の十字架
・十字架の枷
・逆境の救世主
・メサイアコンプレックス
装備
右腕:なし
左腕:なし
頭:なし
胴:皮の鎧
腰:皮のズボン
手首:なし
足:皮の靴
アクセサリー:罪の十字架『明時 無無』
***
僕が、これからどうするか――
そんなこと、もう決まっている。
少なくとも、彼女を手に欠けた十字架を僕は一生背中に背負い続けることになるだろう。
「……絶対、ゲームをクリアしてこんな世界終わらせてやる」
その時の僕の表情は到底、救世主とは思えない物だった。
後書き
いやードラクエ10やってたら『植物状態の人間をデスゲーム物にぶち込みたいな』と思って書きました。
突貫工事なので登場人物が私の過去の作品の寄せ集めと言うね。
もちろん、続きなんてありません。
好評ならあるかもしれないけど、その時は……来るのかなぁ。
要望があったら長編で書きますけどね。
と言うことで、一万字以上の話をここまで読んでくださりありがとうございました!!




