編入試験と電能遊戯1
新居に越してきてから二日目の朝、俺は目覚まし時計の鳴る音で目が覚める。手を伸ばして音を止めると、重い瞼をゆっくりと開けた。
「──!?」
目の前には本来自室のベッドの上に居るはずのない美穂がスースーと寝息を立てて気持ちよさそうに眠っていた。驚いて、俺は慌てて布団から飛び起きる。しかし、彼女が起きる気配はなく、指をくわえて「むう」と声を上げていた。
「おーい、起きろー寝るなら自室に帰ってくれ」
俺が辛抱強く揺さぶっていると、美穂はようやく瞼を開けて気だるそうに上体を起こした。
「おはよう凛くん」
「美穂、いつの間に俺のベッドに潜り込んだんだ・・・・」
「凛くんが寝付いたのを見計らってだよ、私と添い寝は役得だね」
「補佐官はそんな役ではないんだよ本来は」
全く、と頭を抱えつつも内心ではドキドキしていて少しだけ喜んでいる自分が居た。俺は補佐官として真っ当に責務をこなしてきた。私情を挟むことなく。ただそれがこんな簡単に崩れそうになるなんて、所詮は俺も一般的な思春期男子ということになるだろう。
「そんなわけだから、このままお昼まで寝よ?」
「どういうわけなんだよ、寝ないよ。朝ごはん作ってくる」
「えーじゃあ寂しいから私もリビング行く」
料理は人並みにこなすことが出来た。俺に限らず電能官の補佐官というのは皆一定の家事や炊事能力を持っているものである。
俺が玉子チャーハンを作っている間、リビングでは美穂がソファーに寝そべって携帯ゲーム機で遊んでいる。その姿からは到底人類最強の電能官の面影は見えない。
「ん~パラパラで美味しい!」
「ほんと、美味しそうに食べるよなー」
俺は食卓椅子に腰を掛けて美穂が玉子チャーハンを美味しそうに平らげる姿を微笑ましく眺めていた。基地に居た時もたまにこうして手料理を作っていたのだが、美穂はなんでも美味しそうに平らげてくれるので作る側も自然と笑顔になる。
「そういえば、凛くんのスマホ着信来てたよ」
「そういうのは、なるべくすぐ知らせて欲しいんだが」
「しょうがないよ、私も勇者として世界を救うのに忙しいんだから」
美穂は根っからのロールプレイングゲーム好きで現実世界で世界平和をもたらした後もゲームの世界で平和をもたらすことに日々奮闘している。
俺は食卓椅子から立ち上がり、リビングの机の上に置いたスマホを確認する。着信の主は上官からだった。すぐに掛け直す。
「もしもし藤沢補佐官、同棲は上手くやれているかね?」
「ええ、まあそこそこには」
上官はふうんっと大して興味もなさそうに言って続けた。
「それで、本題なのだが今日、君たちが通う南沢高校が編入試験を実施することにしたようだ」
「それはまた、急な話しですね」
南沢高校、電能科と普通科に分かれていて俺たちが希望したのは普通科の方だ。
「学長直々に実施するみたいだ、当然だが拒否権はない」
「了解しました、編入試験受けて来ます」
俺は通話を切ってため息を一つ付いた、上官の命令は絶対という拒否権のなさや強引さに今は少し窮屈さを覚えている自分が居て、軍人としての感覚がさっそく鈍り始めているのを感じる。
「なんの電話だったのー?」
チャーハンを食べ終えた美穂がトコトコとこちらにやってきて聞いてきた。
「俺たちが通う高校の編入試験を受けなくちゃいけないらしい、悪いが出掛ける準備をしてくれ──」
南沢高校は海瀬町の中心地からバスで北の方角に進んだところにある。周囲は山に囲まれていて標高が比較的高い場所にあるこの高校からは海瀬町全体を上から見下ろすこともできる。
「ようこそ、お二人共それぞれ別の試験を受けてもらいますのでここで別れていただきます」
学校関係者に昇降口前でそう言われ、俺と美穂は二手に分かれた。
俺が連れていかれたのは学長室で、どうやら面接試験のようなものでも受けさせられるみたいだ。コンコンとノックすると「ああ、入りたまえ」と声が返ってくる。
「やあ、君と少し個人的に話をしたくてね。まあ適当なところに腰掛けてくれ」
学長はスーツを着たガタイの良い男性で見た目から推測できる年齢は地位にしては若く二十代後半といったところか。
「それにしても、国から君たちを預かってくれと言われた時は驚いたよ。そして電能科ではなく普通科を選択していることもね」
「そうですね、彼女は電能官としてはもうほぼ引退していますから」
「不思議なものだ、アトラス計画の被験者として生まれながらに電能官を宿命付けられた彼女と君が揃って戦いから身を引くなんてね」
アトラス計画、その単語を聞くと胸の内に黒い感情が渦巻く。俺たちに親と呼べる人はいないこのアトラス計画の為に作られた子供──生まれながらの電能官と生まれながらの補佐官それが美穂と俺だ。
「そんな話をするためにここに呼んだんですか?」
「いや、ただ君と数語言葉を交わしたかっただけだ。気分を害してしまったのなら申し訳ない。そうだね、そろそろ彼女のところへ向かってあげた方がいいかもしれないね」
俺が口を開く前に学長が続ける。
「彼女は今電能遊戯の試験を受けている。対戦相手は現役の電能官、それも優秀な兵士だ」
電能遊戯、電子戦争を再現したいわゆるシュミレーションゲームのようなもので、主に電能官の教育や模擬戦に使われる。
もし、相手が最高階級かそれに近い電能官であった場合アトラスシステムをフル解放しないと苦戦するかもしれない。
「学長、すぐに案内してください」
もし、彼女が苦戦を強いられていた場合その時は補佐官としての俺が突破口を開けるかもしれないのだ──。




