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終戦後、同棲初日

 春の陽光がリビングのカーテンから降り注いでいた。基地から国が用意した新居への引っ越し当日。俺は荷解きを一通り済ませて窓を開けて換気をしていた。スッと暖かな風が入って来る。


 新鮮な空気を吸いながら身体を脱力していると、突然真新しいテレビがつき、ニュースが流れ出す。どういうことだと振り返ると床で荷解きを見事にサボって昼寝をしている美穂の身体とテレビのリモコンが接触したみたいだった。


 テレビでは出演者たちが第三次電子戦争を終わらせた英雄的電能官の話しをしている。連日ニュースはこれで持ち切りになっていた。正体は誰なのか、国はどうしてそこを黙秘するのか等々。


「おーい、もう荷解きは終わったぞ起きろ」


「──んう」


 身体を揺さぶっても起きる気が全くしない。


 電子戦争以後、美穂が国から与えられたのはこの新居と多額の生活費、そして補佐官である俺を一緒に住まわせ電能官としてはリタイアするという特権だ。


 まあ、元々彼女の補佐官というのは特殊な立場で、特権があってもなくても常に彼女の傍に居なくてはいけないのだ。


 つまり彼女は電能官をリタイアしているが、俺は補佐官として完全にリタイア出来ているわけではない。


「──凛くんおはよ」


「美穂、今日車の中でもここに来てもずっと寝ていたが、引っ越し前の夜更かしはあれだけ控えてくれと言わなかったか?」


「いやぁ、もうゲームのラスボス強くてーあれはアトラスにやらせた方が良かったね絶対」


「頼むからここではそんなことで超知能を発動させないでくれ・・・・」


 アトラスシステムの存在自体が国家機密であり民間関係に対しては絶対秘匿の代物である。それゆえに、今まで半ば基地に隔離されるような生活を送ってきた。


 この同棲生活中も、もしアトラスシステムや自分たちの立場が世間に露見した場合、即座に処分が下るだろう。基地内部に居た時のように気軽に使ってもらっては困る。


「そういえば凛くん、荷解きをしたのはリビングと自分の部屋だけ?」


「当たり前だろ。美穂の荷物なら部屋に運んだだけでいじってないぞ」


 偶然、着替えとかそういうのが入っていたら後々かなり気まずいことになりそうで段ボールの中は開けずに全て美穂の部屋に置きっぱなしにしてある。


「えーそれじゃ私が荷解きしなきゃいけないじゃん、せっかく寝てればやってくれると思ってたのに」


「今、なんて?」


 聞き捨てならないことを聞いて、俺の声が少し冷たくなる。彼女もそれを即座に察したのか「あはは・・・・冗談冗談」と言って両手を上げ、ため息をついてよろよろと立ち上がる。


 荷解きをする気になったのか、と思った矢先、彼女のお腹が思いっきり鳴った。そして「凛くん──」とこちらの方へトコトコ歩いて来て、お腹をさすりながら俺を上目遣いで見上げて言った。


「ご飯食べよ?」


「食べたら、荷解きするって約束出来るなら食べに行こう」


 食べに行くという言葉に反応して彼女はパッと顔を明るくしてこくこくと頷く。俺の予想だとここに帰ってきて荷解きをする確率はゼロに近いと思うのだが、この無垢な顔で上目遣いをされると、どうにも突っぱねることが出来ない。


「うん、早くご飯食べたい。あ、約束もする」


「──分かったよ」


 俺たちの新居は海瀬町という海に面した街の中心地にある。国がここを選んだのには明確な理由がある。一つはここには日本で唯一の電能官の卵たちが通う専門高校があること。あとは単純に美穂自身が海のある所じゃないと嫌だと駄々をこねたから。


「ふーふふん、良いお天気だねー」


 上機嫌になって鼻歌交じりにそんなことを言いながら隣を歩く彼女は、やはり見た目に対して精神には幼さを感じさせるものがある。


 電子戦争以前より幼くなったのはアトラスシステムを酷使し過ぎた代償でもあるが、それ以外の大部分は生まれ持ってのものだと言われている。


「そうだな、自由に外に出て空気が吸えるのも今まであまりなかったし、気持ちいいもんだ」


 俺は言いながら彼女の頭を優しく撫でた。国の上層部が美穂のわがままを聞くのはもちろん圧倒的な戦果もあるが、どこか彼女に対して罪悪感のようなものがあるからじゃないかとも思う。


 街中には色々な飲食店がある。彼女と俺は基地内部の食堂で厳格に栄養管理された食事しか食べてきていなかったので、美味しそうなお店を見掛ける度に胸を高鳴らせていた。


 しかし、こうも知らない店が沢山あると流石に迷うものだ。


「ここファミレスって言うらしいよ凛くん」


 結局散々迷ったあげく、海の近くの交差点にあるファミレスで食事を取ることにした。俺は海鮮丼屋に興味を惹かれていたのだが、ステーキを食べてみたいという彼女の希望を優先することにした。


「名前だけは聞いたことあったな、たしか上官が休暇中に子供と行ったとかなんとか」


 普通、この年代でこういう店を知らないのはかなり特殊な境遇だとは思う。


「それにしても、脂の乗った肉を食べるのなんて何年ぶりだろうな」


「四年と三か月ぶりかな」


 彼女から即座に答えが返ってくる。おそらくアトラスシステムを使ったのかもしれないが、一割にも満たない処理能力の行使だと見ただけでは使ったかどうか分からない。


 俺は胃袋が脂の多い食事に慣れていないせいであまり食べることが出来なかったが、彼女の方はそんなことはお構いなしで何皿も平らげていた。彼女の食欲は基地に居た時から突出したものだったので特別驚きはしないけど。


「これからは沢山美味しいもの自由に食べられるんだよね」


 食後、彼女はお腹をさすりながら噛みしめるようにそう言った。



 ファミレスを出て少し歩き、海辺に着く頃には空は茜色に染まり始め、水平線には綺麗な夕陽が水面に暖色にきらめきを作っていた。心地よい海風が俺たちの髪をなびかせる。


「──凛くん私、決めてることがあるの」


 そう静かに口にし始めた彼女の声は普段の幼さをあまり感じさせないもので、俺は思わず彼女の方を見る。


「私は世界を平和にした、また争いは起きるかもしれないけどそれでも平和をもたらしたって言えると思う」


 そう、確かに第三次電子戦争は終戦した。それからしばらく経った今、アトラスシステムの存在が抑止力になっているのか各国の争い事は日を追うごとに減少傾向にある。ただ次の大戦が始まらないという保障はどこにもない。


「だから、世界平和の為に我慢してきたこと全部やるの」


「そりゃいいな、大賛成だ」


「そしてこれからは世界平和よりも凛くんとの平和で幸せな関係を築いていくの~」


 そんな未来の幸せを想像して彼女はえへへっと顔を赤らめる。その彼女の言う幸せな関係というのが具体的にどういうものか今は考えないでおこう。


「頼りにしてるね凛くん、なんていったってファーストキスの相手だもんね」


 そう言ってウィンクする彼女。


「それは、あまり言わないでくれ」


 改めて彼女の口から発せられると当時のことを思い出して気恥ずかしくなる。


 遠くから船の汽笛が鳴り響く、負けたら罰が下されたり人が死んでしまうプレシャーもそんな戦いもない平和な世界で、俺と美穂の生活はどんなものになるだろうか? 俺の胸の中は期待と少しの不安で満たされていた──。

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