プロローグ
近年急速に進化した人工知能は主に民間ではなく軍事作戦や国家機密の作戦に使われるようになっていた。
その最たるものが人工知能を搭載した無人兵や兵器による通称国家間電子戦争および電子戦闘作戦であろう。電能作戦官と呼ばれる専門の兵士が無人兵や兵器を遠隔操作し、敵の勢力を無力化する。
戦闘の勝敗や戦況は全世界共通システムがリアルタイムで解析判定を下す──。
「神里電能官、武装勢力鎮圧率八十パーセント」
神里美穂、さらりとした艶のある白髪に澄んだブルーの瞳、人形のように整った顔立ちと細く色白の美少女。彼女は俺、藤沢凛が見守る中、複数のディスプレイが壁にまで取り付けられた管制室のような部屋で高速でマウスとキーボードを動かして叩いている。
「鎮圧完了、神里電能官流石です」
彼女はキーボードを叩く手を止めると一気に肩を落として呟いた。
「ふぅーもう嫌だなぁ」
「え?どうかしましたか」
「言葉通りー私、この仕事やめたいー」
彼女はもう戦いたくなーいっと椅子に座りながら足をばたつかせて駄々をこね始めた。
「はあ、アトラスシステムを解除したんですね」
神里美穂、脳内にアトラスシステムと呼ばれる超知能人格を持つ国家最高戦力の電能官。電子作戦や電子戦の勝率は百パーセント誇る。
「そうだよ、それよりもさゲームしようよ! 凛くんがこの前買ってきてくれたやつ」
超知能であるアトラスシステムを使っていない時の彼女はもうすぐ高校生になる女の子としては少し幼く甘えん坊な俺の幼馴染である。
「それよりも先にあと一つ作戦が残っています」
えーっと彼女は露骨に顔をしかめて椅子をぐるぐると回転させて「だーかーらやめたいんだってば」と駄々をこね続けている。
しかし、この作戦は国家の重要作戦であり放棄することはおろか、おそらく負けることすら許されない。どうにか彼女にアトラスシステムを発動してもらわなくてはならないのだが、この状態になった彼女にやる気を出させるのは経験上非常に困難である。
「そこをなんとかこの作戦を放棄した場合、非常に厳しい処分が待っています」
「幼馴染なのに凛くんはそうやって私を脅すの?」
「そういうわけじゃ、ないよ。ただ美穂が仕事を放棄したら俺たちは一緒に居られなくなる。そういう立場に置かれてるのは分かるだろ?」
補佐官としての敬語を抜いていつもの口調に戻して言った。他の隊員や幹部が居たらこの時点でなにかしらおとがめを受けるだろう。
「じゃあ、二つ条件をのんでくれたらその作戦も今起きてる第三次電子戦争も全部片付ける」
今回の作戦はともかく国家間の大規模電子戦争そのものを鎮圧するのはアトラスシステムを用いても出来るかどうか分からないだろう。
いや──あるいは規模は違えど第二次電子戦争で驚異的な戦績を上げた彼女なら可能かもしれない。
「その条件って?」
「全て片付いたら私が凛くんと一緒に暮らせるようにすること」
そして──二つ目の条件と言った時、彼女ははにかみを見せて胸に握り拳を当て視線をわずかに逸らして、頬を赤らめる。
「その、凛くんのファーストキスが欲しい」
「それは──俺でいいのか?」
「うん、それだけで私はずっと戦えるから、だからお願い」
補佐官としても藤沢凛としても断る選択肢はなかった。上官の命令は絶対ではあるし、これから過酷な戦いのプレシャーに身を置く彼女が欲しいものを与えるのは幼馴染の俺しか出来ない。
「──」
俺と彼女はディスプレイに囲まれた無機質な部屋のなかで唇を重ねた。触れた彼女の唇は微かに震えていた。
それから彼女は名実共に人類最強としての地位を確立したのと同時に条件一によって電能官としての彼女はお休みになり、甘えん坊の幼馴染として普通の生活を送る権利を得るのだが──それは補佐官として真面目にやってきた俺にとっては普通ではないかもしれない。
「私、これからは世界平和よりも凛くんと幸せな関係を築きたいの」
その一言から俺たちの生活が始まりを告げた──。




