考える奴、考えない奴
「おーい、起きてるか?」
体を揺らされているのがわかる。
この声は…マーセルか。
飯なんか1人で食いにいけよ…
俺は今寝てるだろ。
「レオン!返事しろー」
「ったく…これはできればやりたくなかったんだがな…」
直後、腹に容赦ない衝撃が走る。
「ッグフォァ」
一瞬息が止まり目が完全に覚める。
「おいテメェなに人の腹殴ってんだよ!」
「お、やっぱし起きてたのか」
「んなわけねえだろおめえが腹殴ったせいで死にかけて目が覚めたわ」
「悪かったって。まあそんなことよりも早く昼飯食いに行こうぜ」
ったく起こすならもっと方法あっただろ…
昼飯ぐらいで俺を起こすなよ。
…ん?昼飯?
腕時計を確認したら違和感の理由がわかった。
「お前昨日から丸一日寝てたんだよ。いい加減飯食わないとぶっ倒れるぞ」
「え、俺あれからずっと寝てたの?」
「そうだよずっと寝てたんだよ」
起きてから気がついたが、確かに空腹感がある。
腹が減りすぎて少し気持ち悪いまである。
「…流石に飯食いに行くか」
「うし、それじゃあとっとと行くぞ」
軍服を整え、廊下に出る。
食堂までの道のりはマーセルが教えてくれた。
「マーセル、小隊の他の奴らはどこに行ったんだ?」
「先に食堂に向かったぞ。俺が起こすから先に行ってもらったよ」
「マジか、迷惑かけて悪いな」
「そんなことどうでもいいから早く食堂向かおうぜ」
食堂は意外と遠くにあり、歩いて15分ほどかかった。
食堂に近づくほど、人が増えていくのがわかった。
ほとんどの人が船内に慣れてきたようで、雑談する声や笑い声が発艦直後に比べて増えている気がした。
「ここが食堂だ」
「嘘だろおい…」
食堂に入った俺はその光景に驚愕した。
どこをみても人、人、人ばかり。
パッと見で奥行き200メートルはあるだろうか?
とにかくここは食堂というにはあまりにも大きすぎる場所だった。
配膳の列に並んでトレーと皿に盛られた料理を受け取っていく。
流石に料理を選ぶ自由はないようで、皆が同じ料理を渡されていく。
俺とマーセルも料理を受け取って空いてる席に座った。
「おいマーセル、なんだこれは…基地の方がいい飯食ってたぞ」
トレーに並んでいたのは黒っぽい硬そうなパン、肉と野菜をまとめて煮込んだシチュー、それと味気のないマッシュポテトだった。
端には銀紙に包まれた栄養補助食品が置いてある。
「しょうがないだろ。何万人もの食事を回さなくちゃいけないんだ」
「味にまで気を配ってる余裕はないんだろ」
そう言いながらマーセルはパンをシチューにつけ、口に放り込む。
「それに何回か食えば慣れる」
それを聞いて俺もマーセルの真似をしてパンを口に放り込む。
まずいわけではないが美味しいわけでもない。パンは硬く、飲み物が欲しくなる。
昨日の豪華な飯とは全く違うな。
「まあ、不味くはないな」
2人で話しながら昼食を摂っていると、放送が流れる。
《こちらサトルクス級センル-1002艦長、まもなく本艦は亜光速航行状態へと移行する。亜光速航行への移行時に揺れが生じるため、気をつけるように》
それから5分ほど経ち、放送が再び流れる。
《これより亜光速航行へと移行する。総員、揺れに注意せよ》
その直後、ワープ時とはまた違う、体がその場に取り残されるような感覚になったが、それもすぐに落ち着いた。
《本艦は亜光速航行状態へと移行した。各自作業に戻ってよし。亜光速航行は惑星ヘルデラ付近まで行う。現在から26時間後に亜光速航行から通常航行へと移行する。それまで総員自由待機》
放送が終わったと同時に食堂にも活気が戻る。
先ほどまで止まっていた会話が、何事もなかったかのように再開された。
俺とマーセルは残っている昼食を一気にかき込み、平らげた。
その後は基地にいた時の自由時間とあまり変わらなかった。
部屋で栄養補助食品を賭けてカードゲームをしたり、適当にぷらぷらと散歩をしてあっという間に1日が過ぎていった。
再び放送が流れたのは艦内生活にも慣れ、小隊の皆と夕食を終えて部屋に戻っている最中だった。
《本艦は間も無く惑星ヘルデラに到着する。亜光速航行から通常航行への移行のため、揺れが発生する》
亜光速航行に入ってから26時間後の18時ちょうど、放送が終わった直後に体が輸送艦を置いて、先に進もうとするのを感じた。おそらく通常航行に移行したのだろう。
《本艦は惑星ヘルデラに到着した。これより輸送艦隊本隊に合流する。詳しい説明は到着後に大隊ごとに行われるが、そのことについては追って端末に通達を行う》
通常航行への移行完了の放送を聞き、部屋に戻ると各々自由に過ごし始めた。
俺と小隊長はベッドに寝っ転がり、マーセルは少し休んだ後に他の部屋にカードゲームをしに遊びに、そして同じ部屋のレグヌスとヘルーガは酒を求めて船内の売店へと向かっていった。
目を瞑ってみたが、意外と眠れない。
前からなんとなく察していたが、緊張しているのかもしれない。
「小隊長、質問いいですか?」
「…なんだ」
少し間は空いたが小隊長が返事をする。
「今って戦争中で俺たちは前線に向かっているんですよね?」
「そうだな、ニュースで見たし今輸送艦に乗ってるだろ」
「なんでみんなあんなにはしゃいでいられるんですか?俺はこの前から緊張が収まりません」
「そうか?その割には結構楽しんでないか?酒飲んだりカードやったり」
「あれは気分を紛らわすためにやったんですよ…」
乾いた笑いが出るが、俺は話し続ける。
「でもダメでした。ふと頭に死ぬかもしれないとよぎることがあるんです。そのせいであいつらとバカやってても心の底から楽しむことができないでいるんです」
「小隊長、なんであいつらは死ぬかもしれない時に楽しめるんですか?」
少しの沈黙の後に、小隊長のため息が聞こえてきた。
「多分そんな難しいこと考えてるのお前だけだぞ」
「…え?」
「レオン、考えてみればわかるだろ。上官の俺が話してる横で、酒を開けて一気に飲み干すような奴らだぞ」
「しかも、この数日で何度もだ」
思い出して少しイラついているのが声だけでも伝わってくる。
「いちいちお前のように考えていると思うか?」
「…考えてなさそうです」
「大体お前は考えすぎなんだよ」
「考えすぎ?」
「あぁ、お前は他の奴らより少しは周りを見て生きている」
「その分将来のこととかも無駄に考えて変な時に緊張しちまうんだよ」
「…何が言いたいんですか」
「前線では皆平等に死ぬ機会がある」
「でも今は違う。守られている」
「だったら、気を抜くぐらいは許されるだろ」
「それに、死ぬことを恐れて時間を過ごすよりも安全で全員が生きてるうちに楽しむ方がいいだろ」
「…それができたら苦労してませんよ」
「そうか?俺にはお前があいつらと一緒にいる時は結構楽しんでるように見えたぞ」
「…やはり私には理解できません」
「そんなすぐに考え方を変えられるとは思ってねえよ。前線まではまだしばらくあるんだ。それまでに考えておけばいい」
死ぬ前に楽しむ、か。
死ぬかもしれないのにそんなこと考えられるわけがない。
まあ幸い時間はたくさんあるし考えてみるか。
体の力を抜いて瞼を閉じていると、意識がどんどん沈んでい…
突如プシューというドアが開く音が聞こえた。
そして走る音も聞こえる。
…これ、こっちきてないか?
「おい起きろレオン!賭けの時間だ!」
「ッグフォァ」
こ、こいつ…腹に肘鉄決めやがった…
俺が悶えているのを気にせずに、マーセルは続ける。
「なんか盛り上がらねえと思ったらお前連れてくるの忘れてたわ」
「お前も来い、レオン」
「い、いや俺は行かなくていい…」
悶絶しつつ、なんとか返事をする。
すると、小隊長が体を起こし、マーセルに話しかける。
「おいマーセル」
「なんでありましょう小隊長」
マーセルが勢いよく敬礼する。
「レオンを連れて行け」
「了解であります!」
マーセルはそう言って、俺の足を掴んだ。
「は?えっちょ待っ…」
抵抗する間もなく、体が引きずられる。
こいつ酒飲んでるな。
こうなったら止まらないんだよなぁ…
ったく…考える時間はどうやら終わりらしい。
「自分で歩くから俺の足を離せマーセル」
「おうわかってる早く行くぞー」
話を聞かないマーセルの手を振り払って立ち上がり、軍服を整える。
「そんじゃあ行くぞマーセル」
マーセルの肩を組んで運ぼうと歩き出すと、小隊長の声が飛んでくる。
「マーセル、レオン、あまりは目を外しすぎるなよ!本来賭け事は禁止だと分かってるだろうがバレない程度にやれよ!」
小隊長の声には、呆れと笑いが混じっていた。
「了解であります!」
マーセルはそう叫び、俺の肩に体重を預けてくる。
…結局こうなるのか。
俺はため息をつきながら、歩き出した。




