守護の指輪、結婚には不向き
午前中の静かな工房に、珍しくドアを何度も叩く音が響いた。
「すみません! 指輪が……指輪がとんでもないことに!」
飛び込んできたのは、やや痩せ気味の青年だった。
顔は青ざめ、手には赤く腫れた左手。
その薬指には、ひときわごつい金属製の指輪がぴったりとはまっていた。
「落ち着け。……外れないのか?」
「いえ、というか、外そうとすると火を吹きます! 本当に!」
アレンは溜息をついた。
「……またか。最近多いな、“忠誠系指輪”の暴走」
「結婚指輪のつもりで贈られたんですが、僕に触れる人全部に魔法反応が……! 昨日は花屋の店主が“雷撃”で気絶を!」
「それは“守護の誓い”の魔法だ。贈った人が強く“守りたい”と願えば願うほど、発動が過敏になる」
アレンは青年を椅子に座らせ、指輪に軽く触れた。
すると、ピリッとした魔力がアレンの指先に跳ねた。
「……おぉっと。これは重症だな。かなり感情がこもってる」
「えっ……彼女、そんなに?」
「たぶん、“一歩でも他の女に触れたら爆発しろ”くらいのノリだな」
「うわぁぁぁ……!」
アレンは工房の奥に青年を案内し、指輪の“誓い紐”を検出する魔法陣を展開する。
この種の魔法具は、“贈与者の意志”が魔法の起点になる。
「ふむ……この指輪、元々は“守護の指輪”として設計されたものだ。“物理的防護”に特化してる。戦場向けだな」
「それを……結婚指輪に?」
「たまにある。“元騎士”とか“過保護な魔法使い”が選ぶやつ」
「彼女は昔、王都警備隊でした……」
「納得だよ」
アレンは指輪から“誓いの言葉”の断片を引き出す。
「どんな敵が現れても、私があなたを守る。決して、誰にも渡さない」
「……ちょっと怖いな。愛が強すぎるのは、たまに問題だ」
「どうすれば、外せますか?」
「外すことはできる。でも、それは“誓いを断ち切る”ってこと。……本当に、それでいいのか?」
青年はしばらく黙り込んだ。
やがて、ぽつりと口を開く。
「僕、実は――彼女にプロポーズされる少し前、転職のことで口論して、距離を置いてたんです。
そのあと、“突然のプロポーズ”がきて、指輪を……」
「つまり、“不安”から来た守りだったわけだ」
「……僕のこと、信じきれなかったんでしょうか」
アレンは首を振った。
「いや。“離れられるかも”って恐怖を、“守る”ことでつなぎとめたんだ。……不器用だけど、まっすぐだ」
「……そうか……」
アレンは指輪に魔力を流し、暴発の原因になっている“誓い強度”を緩めた。
代わりに、“対話優先”という緩衝魔法を組み込む。
「これで暴走はなくなる。触っても爆発しない。けど――守る意思は残した」
青年は、そっと指輪を撫でた。
「これで……ちゃんと、もう一度向き合えそうです」
「言葉にしないと伝わらないこともある。“魔法”は便利だが、万能じゃない」
「ええ、次はちゃんと話し合います」
青年が帰ったあとの工房で、アレンは小さく笑った。
「“結婚には不向き”な指輪か……でも、不器用な愛情ってのは、どこか嫌いじゃないな」
看板が風に揺れる。
【魔法道具 修理いたします。重すぎる愛も、少しだけ軽くします】