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魔法の箒、修理いたします。  作者: 仲村千夏


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出張修理中ーー舞台照明

 劇団《星の雫》の本拠地は街の大通りに面した大劇場で、立派な外観は遠目にも目を引いた。石造りの外壁に彫刻が施され、夜には魔法の灯りでファサードが照らされる。その中に入るたび、フィンは胸の奥がわくわくして仕方がなかった。


 修理師として舞台裏に通うようになって数日、彼にとって劇場はもう憧れの舞台そのものだった。

 だが、師匠アレンの表情は変わらない。冷静な目で周囲を見回し、今日も淡々と依頼の内容を確認していた。


「今日の修理は舞台照明か」

「はい。天井に吊られた魔法灯の一部が不安定で、上演中にちらつきが出るそうです」

 劇団のスタッフが説明する声を、フィンは食い入るように聞いた。


 劇場の舞台照明は、ただの灯りではない。光の色や強さを自在に変え、場面に応じて観客を幻想の世界へと導く。舞台の心臓とも言える存在だ。

 ――その修理を自分たちがするのだ。


 スタッフに案内されて舞台袖から裏へ回り、長い階段を登る。やがて二階の梁の上に張られた渡り廊下に出ると、そこから舞台全体を見下ろせた。

 頭上には、魔力の流れる管に繋がれた魔法灯がずらりと並び、その一部がちらちらと不安定に明滅していた。


「なるほど、原因は魔力石の劣化か……」

 アレンは一目で不具合を見抜き、近くに置かれた作業台に工具を並べる。


「師匠、僕も手伝います!」

「フィン、お前は魔力管の流れを見ていろ。石を交換する間に流れが乱れたらすぐに知らせろ」

「はいっ!」


 フィンは緊張した面持ちで魔力管に手を添え、目を閉じて流れを感じ取る。微細な魔力の震えが伝わってきた。

 一方、アレンは足場の不安定な梁に軽やかに身を乗り出し、手際よく灯具の金属枠を外していく。


 照明の心臓部には、青白く輝く魔法石が収められていた。だがその表面には細かな亀裂が走り、力を失いつつあるのが見て取れる。


「やっぱり石が割れかけていますね」

「長年の使用で疲労したんだろう。交換が必要だ」


 アレンは鞄から研磨済みの新しい魔法石を取り出し、慎重に枠へと収めた。その動作は静かで、無駄がなく、見ている者の心を自然と落ち着ける。

 石が嵌め込まれると、魔力管を通じて淡い光が舞台全体に広がっていく。


「フィン、流れはどうだ」

「安定しています! でも……ちょっと強すぎるかも?」

「よし、なら調整だ」


 アレンは工具で細かな符を刻み直し、魔力の出力を均一に整える。光がじわじわと落ち着き、やがて心地よい明るさで舞台を包んだ。


 試しにスタッフが舞台に立ち、簡単な動きをしてみせる。照明の光が役者の影を柔らかく浮かび上がらせ、先ほどのちらつきは跡形もなく消えていた。


「これなら安心して舞台に立てます!」

 スタッフが歓声を上げる。


 フィンもまた、胸を張って言った。

「師匠、完璧ですね!」

「まだ半分だ。残りの灯具も点検するぞ」


 アレンは気を抜くことなく次々と照明を確認し、微調整を施していく。フィンも助手として工具を手渡し、魔力の流れを読み取っては報告した。

 地味な作業の積み重ねだが、舞台にとってはどれも欠かせない。


 作業がひと段落すると、劇団の看板女優レイナ・セリーヌが顔を見せた。

「まあ、見違えるように安定しているわ! おかげで安心して次の舞台に臨めるわね」

 優雅な仕草で礼を述べる彼女に、フィンは頬を赤らめた。


「す、すごいですね……。こうして修理した照明が、舞台を照らすなんて……」

「修理はあくまで裏方だ。だが、役者が輝くには欠かせない」

 アレンの淡々とした言葉が、フィンの胸に強く響いた。


 修理師の仕事は表に出ることは少ない。だが、確かに舞台を支えている――その実感が、彼をさらに突き動かす。


「僕、もっと魔力の流れを読むのが上手くなりたいです。いつか師匠みたいに、迷いなく修理できるように!」

 熱意に満ちた声を聞き、アレンは小さく口元を緩めた。

「ならば次は実際に石の調整を任せてみよう。失敗してもいい、学べ」

「はい!」


 こうして《星の雫》の舞台照明は蘇り、次の公演の準備が整った。

 劇場に満ちる光は、観客に夢を見せるための光。

 その裏には、修理師たちの静かな仕事があった。

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