劇団に出張修理中
風の手工房の扉に、今日は珍しく札が掛けられていた。
「出張修理中」
ノアが遊びに来て、思わず扉を引こうとしても、すぐに気づいて苦笑いしそうな、そんな小さな札だ。
アレンとフィンは、いま馬車の中にいた。目的地は――先日、女優レイナ・セリーヌが持ち込んだ衣装棚の修理をきっかけに縁の出来た、王都でも名の知れた劇団である。
「師匠、本当に行くんですね。劇団の舞台裏だなんて……ちょっとドキドキします」
窓の外を見つめながらフィンが言う。
アレンは肩をすくめた。
「仕事だ。舞台を見に行くわけじゃない。けれど、劇団の道具は魔法仕掛けが多い。まとめて依頼が来てもおかしくはないさ」
「なるほど……修理の現場見習いとしては願ってもない経験です!」
目を輝かせるフィンに、アレンは小さく笑う。
やがて馬車が止まると、彼らの前に広がったのは豪奢な劇場の裏口。舞台に出るための華やかさではなく、職人たちの手で使い込まれた重厚な扉がそこにあった。
案内してくれたのは、舞台監督の男性だ。
「アレン殿ですね。お待ちしておりました。……先日のレイナ様の衣装棚は大変見事な直しぶりでした」
「お役に立てて何よりです。さて、今日はどんなご依頼で?」
「ええ、こちらへ。舞台用の小道具や衣装に不具合が出ておりまして。いずれも公演直前には欠かせない品ばかりでしてね……」
フィンは初めて目にする舞台裏に圧倒されていた。巨大な背景幕、宙を飛ぶ仕掛け、役者が使う魔法道具――そこはまさにもう一つの「工房」と呼ぶにふさわしい空間だった。
「すごい……これ全部、魔法仕掛けなんですか」
「そうだな。演出効果に魔法を使うのは珍しくない。だからこそ、壊れれば舞台が止まる」
アレンは淡々と答えながらも、周囲の点検を始めていた。
最初に案内されたのは、舞台中央に設置される魔法燭台だった。観客の心情に合わせて炎の色を変えるという道具だが、最近は不安定で、勝手に色が変わってしまうという。
「これじゃ芝居になりませんな……悲しい場面で真っ赤に燃えたりしてしまう」
「原因は魔力回路の劣化だな。すぐに直せる」
アレンが道具を広げ、フィンも隣で真剣に見守る。
「師匠、ここは僕がやってみても?」
「……やってみろ。ただし焦るなよ」
「はい!」
舞台の端で、二人の修理が始まる。舞台監督は腕を組み、その様子を食い入るように見つめていた。
――劇団編は、まだ始まったばかりである。
【魔法道具、修理いたします。舞台裏にだって――欠かせないから】




