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魔法の箒、修理いたします。  作者: 仲村千夏


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大切な魔法石、その記憶と終わり

 ある晴れた午後。

 《風の手工房》の扉が、ちりんと音を立てて開いた。


 


「……ごめんください。こちら、“魔法道具”の修理をされてる工房、で……?」


 現れたのは、小柄な老婦人だった。

 腰は少し曲がっていたが、背筋はしっかりと伸びている。

 その手には、小さな木箱が抱えられていた。


 


「いらっしゃい。どうぞ、中へ」


 アレンが声をかけると、老婦人はほっとしたように頷いた。


「実は……この石を、見ていただけますか」


 


 差し出された木箱の中には、灰色がかった小さな魔法石がひとつ入っていた。

 かすかに亀裂が走っており、もとの色合いもほとんど失われている。


「……これは、“心石”ですね。記憶を封じた魔法石。珍しい」


「ええ、私の大切な……“思い出”が入っている石なんです。けれど、最近ほとんど光らなくなって……」


 彼女は静かに言った。


「もう……終わりかもしれない。でも、できれば――最期に、ちゃんとお別れがしたくて」


 


 アレンは一瞬目を細めた。


「失礼ですが、お名前は?」


「ノラ・ルーデンと申します。あの、以前……孫のノアがお世話に」


「……ああ。あの箒を持ってきた」


 アレンは納得したように頷いた。

 この魔法石も、きっとノアの家族の一部だったのだろう。


「預かります。石の記憶、見させてもらいますね」


 


 


 修理室に入り、アレンは魔法石を特別な台に置いた。

 “心石”は、魔力や記憶の断片を保存する魔法具だ。

 その持ち主の“心”を、そっと閉じ込めるように。


「この魔法石、随分長く使われてたな……」


 アレンは“記憶投影の陣”を展開し、魔力を慎重に注ぐ。

 すると、空間に微かな光が浮かんだ。


 


 やがて、投影された記憶が形を成していく。

 そこに現れたのは、若き日のノラと――隣に立つ、見知らぬ青年だった。


「……若い頃のノラさんか。そして、これは――」


 


 ふたりが手を取り合い、空を見上げて笑っていた。

 そして青年が言う。


「もし僕が先にいなくなっても、君の心の中に残るように。この魔法石に、ちゃんと詰めておくよ」


 声が、震える。


「……君が寂しくないように、少しでもいいから、ここに残るように」


 


 アレンは、記憶再生を止めた。

 石に込められていたのは、彼女が若い頃に想いを交わした、最愛の人との最後の会話だったのだ。


「……これは、もう十分に、最後まで輝いてくれた」


 アレンは静かに、魔法石の表面を磨き、残された魔力の余熱を整えた。

 そして、最後の“お別れの言葉”だけを、表面に引き出すように設定する。


 


 


 その夜、再び工房を訪れたノラに、彼はそっと魔法石を返した。


「石はもう……すべてを出し尽くしていました。けれど――最後のひとつだけ、残っていましたよ」


「……最後の?」


 


 アレンが指を示すと、ノラは魔法石を手に取り、目を閉じた。


 そして、微かに声が響いた。


 


「――ありがとう。君と過ごした時間は、僕にとっての魔法だった」


 


 ノラの目に、涙が溢れる。


「……覚えていてくれたのね……。あの人は、いつも“先にいく”って言って……」


 


 彼女は深く頭を下げた。


「これで……心から、“さよなら”ができます」


「ええ。“終わり”は、新しい“記憶”の始まりでもありますから」


「……ええ。今度は、孫との時間を、たくさん残していきます」


 


 


 ノラが帰ったあとの工房は、静けさに包まれた。

 アレンは使い終わった記憶陣を片付けながら、ふと思う。


「道具にも、終わりがある。でも、それを“ちゃんと終える”のも、修理師の仕事か」


 


 風に揺れる看板が鳴った。


【魔法道具 修理いたします。壊れても、壊した理由があるのなら。】


 終わりと、始まりが交差する場所で。

 今日もまた、誰かの“想い”が丁寧に扱われていく。

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