夏休み終わり、駆け込み需要
夏休みの終わりを告げる蝉の声が、町にしつこく響き渡っていた。
その日、「風の手工房」の扉が朝から忙しなく開け閉めされていた。
「すみませーん! 箒の調整お願いします!」
「飛んでる途中で変な音がして!」
「ここが緩んでる気がして……」
魔法学校に通う生徒たちが、次々と通学用の箒を抱えて駆け込んでくる。どの顔も少し焦り気味だ。休み中に遊びすぎて壊したのか、それとも放っておいた不調がここに来て露わになったのか。理由はさまざまだが、始業式を前に「飛べない」では洒落にならない。
アレンは苦笑しながら、店先に並ぶ箒をざっと見渡した。
「……これは大仕事だな」
「先生、まるで箒の山だね」フィンが目を丸くする。
作業台にはすぐに、十本近い箒が並べられた。羽根の付け根がぐらついているもの、魔力の導線がよれているもの、柄の魔法刻印がかすれて力が流れないもの……。
アレンは手際よく一つずつチェックしながら、フィンに声をかけた。
「フィン、導線の結び直しは君に任せる。集中してやれば十分できるはずだ」
「わかった!」
フィンは真剣な顔で道具を取り、羽根束をほどいて導線を引き直す。夏休みの遊び疲れを引きずっている生徒の顔とは違って、どこか誇らしげだった。
一方、アレンは削れた柄を研ぎ直したり、符刻を描き直したり、時に小さな魔石を入れ替えたりと忙しく手を動かす。時折「この箒は飛びすぎたな」とか「これは無理な操縦をした跡だ」などと呟きながら。
午後にはようやく山が半分に減り、工房の空気にも少し余裕が出てきた。
そこへ、ノアが遅れてやってきた。
「アレンさん……。手伝いに来ました!」
「おお、助かる。フィンも頑張ってるが、さすがに数が多すぎてな」
ノアは小柄な手で、符刻の磨き作業を進めていく。魔法学校で習った知識を頼りに一生懸命だ。
やがて、最後の一本を仕上げ終えた頃、アレンがほっと息をついた。
「ふぅ……これで全部、明日には安心して飛べるはずだ」
片付けを始める最中、アレンはふとノアに視線を向けた。
「そういえば、ノアの箒はどうだ? 授業で酷使しているだろう」
ノアは一瞬、びくりと肩を震わせた。
「え、あ……わ、わたしのは大丈夫です……。その……」
言葉を濁しながら、申し訳なさそうに自分の箒を取り出す。
羽根はきちんと整えられているが、柄には細かな傷があり、符刻も薄れている箇所がある。壊れてはいないが、長い夏を過ごした疲れがにじみ出ていた。
アレンはそれを受け取り、軽く点検するように撫でる。
「ふむ……不調はないな。ただ、符刻が少し薄れている。調整というよりは点検で十分だ」
ノアは胸をなで下ろした。
「よかった……。でも、私、全然気づけませんでした」
「気づけなくてもいい。だから工房があるんだ」アレンは微笑む。
フィンが横からにやりと笑った。
「ノアの箒だって、師匠に見てもらえば安心だもんね」
「う、うん……」
夕暮れの工房に、箒を磨く音と、三人の小さな笑い声が響いた。
【魔法道具、修理いたします。点検もまた、大切な修理のひとつです】




