表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の箒、修理いたします。  作者: 仲村千夏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/187

トンカチの音

風の手工房の朝は、今日も木の香りと金属の匂いに包まれていた。

 アレンは作業台の上に並んだ工具を一つひとつ磨き、刃を研ぎ、持ち手の感触を確かめる。見習いのフィンも隣で真似をしながら、小さな工具の掃除をしていた。


「道具を大事にしない職人は、一人前にはなれないからな」

「はい、師匠」

 アレンの言葉にフィンはこくりと頷いたが、その視線はすぐに工房の隅に置かれた古びたトンカチへ向かっていった。


「……あのトンカチ、ずいぶん古そうですね」

「昨日、仲間の道具屋が持ってきた依頼品だ。持ち主はもう亡くなっていてね。遺族が“これだけは直してほしい”って頼んできた」


 アレンは布を置き、そのトンカチを手に取った。鉄の頭はひどく摩耗し、柄にはひびが走っている。けれども、表面には小さな魔法文字が刻まれていた。

「これは金属を叩くときに柔らかくする魔法が込められている。普通の鍛冶屋なら何十年もかけて習得する技を、補助してくれる便利な道具さ」


「じゃあ、この人はきっとすごい鍛冶屋だったんだ……」

 フィンが目を輝かせると、アレンは首を横に振る。

「いや、大きな名を残した職人じゃない。ただ家族の生活を支えるために、毎日鉄を打ち続けたそうだ」


 そこへ、学校帰りのノアが元気よく顔を出した。

「ただいま! 今日のお客さんは誰?」

「今日は人じゃない。古いトンカチさ」

「トンカチ? ふつうの道具?」

「ふつうだけど、ふつうじゃない。魔法を宿したトンカチだ」


 ノアは椅子に飛び乗り、アレンの手元を覗き込んだ。

「わぁ……なんだか不思議な文字が彫ってある。これで金属を叩いたら、どんな音がするんだろう?」


 アレンは目を閉じ、柄に手を添える。

 道具の声を聴くように、心を澄ませる。

 しばしの沈黙の後、彼は口を開いた。


「……まだ叩きたい、と言っている」

「えっ、しゃべったの!?」

「正確には心の残響を聞いているんだ。道具には持ち主の思いが宿る。これはまだ、音を奏でたがっている」


 フィンは息をのんだ。ノアは目を丸くして、トンカチを覗き込む。

「音を……奏でる?」


「そうだ。鍛冶屋のトンカチの音は、ただの作業音じゃない。生活を支える歌であり、家族を守る祈りでもあるんだよ」


 工房の空気が少しだけ張りつめる。

 アレンはトンカチを机に置き、修理の準備を始めた。



 まず、割れ目の入った柄を取り替える作業だ。だがただの木材では駄目だった。魔法を流すには、魔力を帯びやすい木を選ばなくてはならない。

 アレンは棚から数種類の材を取り出し、ノアとフィンに見せた。


「どれが一番、音がきれいに響くと思う?」

 二人は交互に耳を澄ませて、木を軽く叩いた。

 コツ、コツ、と乾いた音が工房に響く。

 ノアが一番高く澄んだ音のする木を選び、フィンは落ち着いた低音の木を指さした。


「……両方だな」

 アレンは二人の答えを聞き、にやりと笑う。

「高い音と低い音が重なって、ちょうどよい調べになる。二人の感覚を合わせれば、この道具もまた歌えるようになる」


 柄を削り、形を整え、魔法文字を刻む作業が始まった。

 ノアは細かい彫刻を担当し、フィンは表面を磨き上げる。二人が汗をかきながらも必死に取り組む姿を、アレンは静かに見守っていた。


「……よし、仕上げだ」

 新しい柄に鉄の頭を差し込み、しっかりと固定する。

 アレンが小さく呪文を唱えながら、最後の文字を刻んだ。


 そして、試しに鉄片を打ち据えた。


 ――カンッ。


 澄み切った音が工房に響き渡る。

 次の瞬間、固い鉄片がやわらかくへこみ、花びらのような模様が浮かび上がった。


「すごい……!」

「ほんとに、歌ってるみたい」

 ノアとフィンが同時に声を上げた。


 アレンは口元にわずかな笑みを浮かべる。

「これで道具は息を吹き返した。あとは持ち主の家族に返すだけだな」



 数日後、遺族のもとを訪れた。

 年老いた母と、まだ幼い兄妹が工房に来ていた。トンカチを受け取ると、母は震える手でそっと撫で、目に涙を浮かべた。


「……この音。忘れません。夜遅くまで家の裏で響いていた、優しい音です」


 幼い兄が思わずトンカチを握りしめ、鉄片を軽く叩いた。

 ――カンッ。

 その音を聞いて、妹が笑った。

「お父さんの歌だ……!」


 家族は泣き笑いしながら道具を胸に抱いた。

 アレンもフィンも、ノアも、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


「……道具は生きる。人が大切にすれば、その思いと共に」

 アレンは静かに言い、工房へと帰っていった。


 工房の扉を閉めると、フィンがぽつりと呟いた。

「僕も、いつかあんな音を響かせられる職人になりたい」

「うん、私も!」

 ノアも拳を握りしめる。


 アレンは少しだけ笑い、工具を手に取った。

「ならば、まずは自分の手を鍛えることだ。優しい音を響かせるのは、道具じゃなく、持ち主の心なんだからな」


 工房には再び、コツコツと木を削る音が響き始めた。

 それもまた、小さな練習の歌のようだった。


【魔法道具、修理いたします。トンカチの音もまた、心を伝える調べです】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ