魔法剣
夏の午後、風の手工房には珍しい依頼が届いた。
扉が開くと、鍛冶屋で磨かれたばかりの剣を抱えた青年が現れた。
「こんにちは……この剣の魔法石を見てもらえますか?」
その剣は、光を反射する刃に、柄に埋め込まれた青く光る小さな石が一粒。見た目には完璧だが、持ち主は不安げに剣を差し出す。
「鍛冶屋で研磨してもらったんですが、魔力の流れがおかしい気がして」
アレンは無言で剣を受け取り、ゆっくりと魔力の流れを観察した。
一方、フィンは目を輝かせて剣を覗き込む。
「すごい……初めて間近で魔法剣を見る……!」
「……落ち着け、フィン」
アレンは淡々とした声で注意した。が、フィンの興奮は止まらない。
「見てください! 光が……光がうねってます! 動いてる!」
「アレンさん、これは大変な剣かもしれません!」
ノアは少し笑いながら二人を見ていた。
「まずは落ち着いて。動いているように見えても、魔力の循環が乱れているだけかもしれない」
剣の魔法石は、鍛冶屋の研磨で表面は光っていたが、内部の微細な魔力回路は乱れていた。刃を振るうたびに微かな乱れが生じ、持ち主が思った通りに魔力を剣に乗せられない状態だ。
「この石はね……外からの衝撃には弱いんだ。研磨で外側が整えられても、内部の魔力回路まで安定してないと本来の力は出ない」
「じゃあ、どうすれば……」
「修理するしかない」
アレンは工具を取り出し、魔法石の周囲に微細な保護陣を描いた。振り子のように揺れる魔力流を読み取り、石と刃の間の回路を丁寧に修正していく。
フィンは、目を輝かせながらも手を出さず、アレンの手元を見つめ続ける。
「……すごい。こうやって石の中の流れを読み取るんですね」
「そうだ。無理に触っても、剣は怒るだけだ」
時間をかけ、魔力の回路を整え終わると、アレンは剣を軽く振った。
刃が空気を切る音とともに、青い光が刃先に沿って走る。魔法石が本来の力を取り戻した証拠だ。
「完璧だ」アレンは静かに言った。
フィンは手を叩いて喜ぶ。
「すごい! 本当に光が走った!」
「でも……研磨だけではここまで正確には整えられなかっただろうな」アレンは静かに説明する。
ノアは剣の持ち主に向き直る。
「これで、魔力も思い通りに剣に乗せられますね」
青年はほっとした笑みを浮かべ、剣を抱きしめる。
「ありがとうございます。ずっと不安だったんです。鍛冶屋では見てもらえなかったから」
「道具はね、ただの物じゃない。持ち主の思いと使い方に応えて初めて、本来の力を出すんだ」
アレンの言葉に、青年は深く頷いた。
工房を出る前、フィンが再び剣に触れた。
「……僕も、いつかあんな風に魔法剣を扱えるようになりたい!」
「焦るな、まずは基本からだ」アレンは淡々と答える。
ノアは小さく笑って二人を見守った。
その日、風の手工房には、またひとつ、正しく魔力を宿した魔法道具が戻ってきたのだった。
【魔法道具、修理いたします。魔法剣は、力よりも流れを整えること】




