魔法のとんがり帽子
「……あの、修理って、やってもらえますか?」
戸口に立っていたのは、深く帽子をかぶった少女だった。まだ十代の後半、声は震えていたが、ぎゅっと抱えた帽子だけは大事そうだった。
アレンは穏やかにうなずいた。
「もちろん。ここは《風の手工房》、魔法道具の修理屋です。帽子、見せてもらっていい?」
少女が差し出した帽子は、とんがり帽子。魔法使いの象徴ともいえる、深い紺色の布でできたもので、先端がくたびれて垂れ下がっていた。
縫い目はほどけ、金の刺繍糸がちぎれかけ、帽子の内側にあったはずの魔力制御陣も剥がれている。
「ずいぶん使い込まれてますね」
「……はい。これは、私の母の帽子で」
少女――名をルーシャと言った。
かつて名を馳せた魔法使いの娘であり、自身も魔法学園に通っていたが、母の形見を壊してしまい、失意のうちに退学してしまったのだという。
「修理できたとしても、きっともう、前みたいには……」
小声でそうつぶやくルーシャに、アレンはそっと問い返した。
「“前みたい”って、どういう意味?」
「……これをかぶると、不思議と集中できて、魔法がうまくいったんです。母の声が聞こえるような気がして。けど、ある日――焦って、火の魔法を暴発させて……」
焦げた跡が、帽子の内側に残っていた。
「魔力の流れが歪んで、帽子が制御しきれなかったんですね。でも、大丈夫。これは“壊れた”んじゃない。むしろ、“止まっている”だけです」
「……止まって、いる?」
「魔法道具は使い手の心に影響を受けます。ルーシャさんが“もう使えない”と思ったとき、この帽子も、同じように“自分はもう駄目だ”と思ったんだ」
「そんな……。道具が、思うんですか?」
アレンは帽子を手に取り、芯地に指を添えた。
「思うんですよ。道具は、“願い”で作られ、“祈り”で使われて、“記憶”に寄り添って動き続けます。人が“そう”思えば、道具も“そう”在ろうとするんです」
修理作業は、時間をかけて行われた。
刺繍糸のほつれをほどき、魔力制御陣を補修し、帽子の布の繊維を魔力のリズムに合わせて再編する。
「お母さんがどんなふうに魔法を使っていたか、覚えていますか?」
アレンの問いに、ルーシャは少し考えてから答えた。
「……楽しそうでした。風を呼ぶときも、灯りをつけるときも、“便利”のためじゃなくて、“一緒に暮らす”ために魔法を使ってた」
「なるほど」
アレンは頷くと、芯地に刻む魔力回路のラインを少し変えた。
それは、合理性よりも、調和を重んじる線。利便よりも、あたたかさを宿す設計。
その夜、修理を終えた帽子をルーシャに手渡すと、彼女は一瞬ためらったあと、おそるおそる頭に載せた。
「……?」
何も起きない。
けれど、彼女の顔に、不意に笑みが浮かんだ。
「……あったかい」
「魔力を制御する芯地は、火傷の痕をそのまま包むように再編しました。怖がっていた“焦がれ”を、抱きしめるように」
「……怖くて、ずっと逃げてました。魔法が怖くなって。でも……この帽子は、まだ一緒にいてくれようとしてる」
数日後、ルーシャは再び旅立つことになった。
ノアは彼女のリュックに、小さな飴玉の袋をこっそり忍ばせ、フィンは「魔法道具の調律ノート」を貸し出した(返却はいつでもいいと笑いながら)。
帽子をかぶったルーシャは、以前よりも少し背筋が伸びて見えた。
「“大丈夫”って、帽子に言われた気がしたんです。……ありがとうございました」
【魔法道具、修理いたします。とんがり帽子は、心に触れる指先の証】




