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魔法の箒、修理いたします。  作者: 仲村千夏


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王都からの使者、祭壇の鏡

「……王様から、直々に?」


 フィンの声が裏返った。


「うん。前に修理した“クラヴィス侯爵家のティーセット”、あれが王宮の茶会で使われていたらしくてね。それを見た陛下が、“あの修繕師を呼べ”と」


「ってことは……王様のお茶会に出たんですか、ぼくの磨いたティーポットも!?」


「そういうことになるね。フィン、誇っていいよ」


 アレンは旅支度を整えながら、笑った。


 王都への出張修理は、今回で二度目。けれど、前回は“地方貴族の邸宅”での作業だった。今回は――王家の“聖堂”だ。


「フィン、お店は任せたよ」


「はい! ノアさんと一緒に、ちゃんと留守番します!」


 


 


 王都の中央にある王家の祭殿。そこに祀られるのは、かつて国を建てたとされる“光の王”の魂を映すという《儀式鏡》だった。


 鏡は直径一メートルほど、縁に七宝の宝石が埋め込まれ、中央には“祝福”の紋章がうっすらと浮かぶ。古代魔法の遺産としても貴重な一品。


 けれど、その表面はどこか曇り、魔力の流れも滞っていた。


 


 


「何人もの修繕師に診せたのですが、どなたも“手が出せない”と……」


 王都神官長の老爺が眉をひそめる。


「ですが、先日の茶会で。クラヴィス侯爵の奥方が持参されたティーポットとカップを、国王陛下と王妃陛下がご覧になって……“ただの修理ではない、想いが込められている”と」


「そうして侯爵が、“この者です”と、私の名を?」


「ええ。侯爵いわく、“風の手工房のアレン殿でなければ、この道具の本当の声は聴き取れますまい”と」


 アレンは頷き、そっと鏡の縁に手を当てた。


「たしかに……これは、生きている。でも、迷っているんだ。祈りのかたちが、誰のものなのか、分からなくなってる」


「祈りが、ですか……?」


「道具は想いに応えるものです。王の祈りが、民の祈りと離れれば……鏡もまた、応える先を見失ってしまう」


 


 


 アレンは静かに作業を始めた。魔力の導線をなぞり、古の結晶に触れながら、表層に曇った記憶をひとつひとつほどいていく。


 祈りの声を重ね、今の時代に通じる言葉を編み直し、微細な調整を加えること数時間。


 


 


 夕暮れ。鏡は静かに光を放ち始めた。


 表面が波のように揺らぎ、やがて、淡い霧に包まれた風景が浮かぶ。


 森を駆ける子どもたちと、空に飛び立つ鳥の群れ。争いではなく、守られた平穏の象徴。


「これは……?」


「今の王国が、本当に望んでいる“未来の形”です。かつてのような征服ではなく、“受け継ぎ、守る”という意志。それが、鏡に映ったんです」


 神官長は目を伏せ、深く頭を下げた。


「陛下に、お見せいたします」


 


 


 その夜、アレンは王宮内の小広間に通され、思いがけずクラヴィス侯爵と再会した。


「やあ、アレン殿。ご足労いただき感謝する」


「こちらこそ、ご紹介いただきありがとうございます」


「いやいや。君が修繕してくれたティーセット、陛下はたいそう気に入ってな。“まるで昔の香りまで戻ってきたようだ”と」


「それは……なによりです」


 侯爵は紅茶のカップを持ちながら、ふと問いかけた。


「君は、王宮からの正式な職を辞退したそうだね? どうしてだい?」


 アレンは少しだけ考えて、こう答えた。


「大きな場所でなくても、“想い”のある道具があるところが、私の仕事場ですから」


 


 


 風の手工房に戻ると、フィンとノアが机に広げた帳簿を見ながら、何やら言い争っていた。


「フィン、それここの数字、違ってる」


「う……でもこれは、その……」


「ただいま」


「あっ、アレンさん! おかえりなさい!」


「どうだった? 王様に会った?」


「さすがに直接はなかったけどね。けど――鏡は、ちゃんと応えてくれたよ」


 アレンは笑って、工具箱を定位置に戻した。


「明日はまた通常営業だよ。休んでる暇はないからね」


「はーい……って、今日もちゃんとやってましたよっ!」


 


【魔法道具、修理いたします。応えるのは、過去ではなく“いま”の想い。】

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