カスタムは自己責任で
「ちょっと、止まってってば!」
叫び声とともに、ガラン、と音を立てて扉が開いた。
風の手工房の中へ、勢いよく飛び込んできたのは、魔法の箒――というにはあまりにも見た目が異様な物体。そしてそのすぐあとを、やや痩せた体格の青年が慌てて追いかけてくる。
「す、すみません! ちょっと暴走してて!」
箒は、先端に妙な突起が付けられ、側面には風の流れを操るための羽根のような魔導金属。柄の部分には過剰な魔力増幅結晶。どう見ても、市販品に手を加えた自作品だ。
「おい、フィン、危ない!」
アレンの声に反応し、少年フィンは急いで棚の影に身を潜めた。ちょうどその瞬間、箒が壁に激突し、ズザァッと床を削りながら停止する。
「……ふぅ。ようやく止まった」
青年は汗を拭きながら箒に近寄り、やや申し訳なさそうに笑った。
「えっと、アレンさんで合ってますか? こちら、評判を聞いて来ました。俺の“カスタム箒”、診てもらえませんか?」
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■ 改造は、計画的に
アレンは箒を手に取り、ぐるりと一周観察する。どこもかしこも不安定な増設が目立つ。
「速さを追求したんですね?」
「ええ。飛行競技に出てるんです。既製品じゃ限界があると思って、自分で手を入れ始めて。でもある日、魔力制御がうまくいかなくなって、操縦できなくなりました。たぶんどこかが干渉し合って……」
「たぶん、じゃ済まないですよ」
アレンはため息をつきつつ、手に持った木製の道具に魔力を通す。淡い青い光が浮かび、箒から微弱な反応が返ってきた。
「フィン、工具と補助具を。あと“安定化札”もね」
「はい!」
フィンは慣れた手つきで道具を運び、アレンの隣に並ぶ。
「じゃあ、始めるか。久しぶりに厄介なやつだ」
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■ 道具にも、心がある
アレンがまず行ったのは、暴走の原因となった魔力回路の分解。いくつかの部位は、強化しすぎた結晶のせいで過負荷状態に陥っていた。
「これ、魔力の通り道が三重になってますね」
「重ねた方が効率良さそうだったので……」
「理屈は分かります。ただ、箒が“意志を持つ道具”だってこと、忘れてませんか?」
アレンは穏やかながらも真っ直ぐな声で続けた。
「速く、強く、という気持ちは分かる。でも、この箒には、君がそこまで求めた理由が届いてなかった」
青年は顔を伏せ、ぽつりと呟く。
「……俺、兄貴が昔、同じ競技をやってて。事故で引退したんです。その想いを、俺が繋がなきゃって。だから速さにこだわって……」
フィンがそっと工具を置く。
「気持ちは届いてると思う。ただ、無理させすぎただけです」
その言葉に、青年は目を丸くした。
「君、職人?」
「いえ、見習いです。でも……道具は、嘘つかないですから」
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■ 丁寧な修理と、新しい関係
改造部を一部撤去し、安定性を優先した部品に交換。魔力の流れを一本にまとめることで、操縦の反応が取り戻されるように設計された。
アレンは最後に、柄の奥に小さな“心音石”を埋め込む。これは使用者の精神状態をわずかに反映し、暴走を防ぐ補助魔法のひとつだ。
「よし。完成」
青年が手を伸ばすと、箒は軽く振動して応えるように浮かび上がる。
「……あ、ちゃんと制御できてる」
「速さは少し落ちたかもしれません。でも、信頼性は上がってるはずです」
「ありがとうございます、本当に……」
青年は深々と頭を下げると、去り際にこう呟いた。
「箒とちゃんと向き合って、競技にも……兄貴にも、胸張れるようにします」
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■ 風の手工房にて
「アレンさん、すごいなぁ。あんな改造品、僕だったら絶対に怖くて手出しできませんよ」
フィンが、感心しきった顔で話しかける。
「怖いから、道具は丁寧に見るんだよ。無理して乗るもんじゃない。特に、空を飛ぶならね」
「……僕も、もっと修理、上手くなりたいです」
アレンは笑い、フィンの肩をぽんと叩いた。
「なら、明日はノアちゃんの箒をもう一度、点検しようか。飛行練習用だって、油断すると怪我に繋がる」
「はい!」
そして、工房の扉の外。ふと立ち止まった青年が、修理された箒に話しかける。
「……また一緒に、飛ぼうな」
箒は、小さく浮かび、返事をするようにきらりと光った。
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【魔法道具、修理いたします。
速さを求めるなら、心と一緒に】




