練習箒の整備は、根気と愛情で
「荷馬車三台分……これは、なかなかの物量だな」
アレンが目を細めて見上げた先、工房の前には学生たちがせっせと箒を運び下ろしていた。荷馬車の上には、使い込まれた練習飛行用の箒が束ねられ、まるで山のように積まれている。
「すみません! この量ですけど、次の学期までに全部、整備してもらえませんかっ!」
先頭に立つ生徒が、汗をぬぐいながら申し訳なさそうに頭を下げる。肩章の刺繍を見るに、魔法学園の高等部らしい。
「間に合わせるよ。ただし、順番に。状態はどう?」
「飛行中のバランスが悪くなってて……曲がったり、勝手に止まったり、暴走したり……」
アレンは頷くと、荷馬車の端から一本の箒を手に取った。木製の柄は乾いてひび割れ、穂先には魔力の焦げ跡が残っている。内部の魔導管も、おそらく摩耗しているだろう。
「なるほど。疲れてるな、この子たち」
「先生、運び終わりました!」
軽快な声とともに現れたのは、見習いのフィンだった。以前、魔法道具集めの旅をしていたが、挫折を経験し、いまはここ『風の手工房』で修理を学んでいる。
「フィン、準備できてるかい?」
「はいっ、解体工具も、刻印筆も全部ばっちりです!」
その横には、ノア・ルーデンの姿もあった。学校は休みらしく、今日は一日手伝いに来てくれている。
「お、ノアも来てくれてたか。助かるな。よし、三人でやろう。三十二本だ、一人十本ちょっと。地道に、丁寧に、焦らずに」
まずは分解と診断から。
フィンは箒の柄を解体し、内部の魔導回路を覗き込む。浮遊刻印の一部が潰れており、風精霊の宿りも不安定だった。
「先生、これ……精霊が逃げかけてます。刻印、書き直すべきですね」
「判断は合ってるよ、フィン。だけど焦っちゃだめだ。まず、古い刻印をなぞってやろう。箒の記憶を無理に書き換えると、飛行特性が変わってしまう」
「……記憶、ですか?」
「うん。道具には、覚えてるんだよ。誰が乗って、どう使われたかって」
アレンが筆を取ると、穂先の魔力が微かに揺れた。
ノアは、別の一本に向き合っていた。
柄の先端が割れており、継ぎ目が緩んでいる。彼女は手を当てて、魔力の脈を読むように静かに目を閉じた。
「この箒……たぶん、落ちたことがある。高いところから。持ち主が怖がって、それが染みついてる」
「繊細な読みだな。そういう記憶は、穂先に残りやすい。魔法道具っていうのは、想いと一緒に動くんだ」
三人の作業は、まるまる二日に及んだ。日が落ちて、満天の星がまた昇っても、工房の明かりは灯り続けた。
刻印を一つ一つ修復し、折れた柄を削って繋ぎ、歪んだ魔導管を入れ替え、疲れ切った箒に再び“風”の感覚を思い出させる。
フィンの手は、マメだらけだった。でも――
「なんか、ちょっとだけ分かってきました。道具って、直すっていうより、信じ直す感じなんですね」
「……よく言ったな、フィン」
アレンは笑った。横でノアも「名言かも」と呟いた。
三日目の朝、生徒たちが再び工房を訪れると、箒は一列に並んでいた。どれも、魔力がまっすぐに通い、柄は艶を取り戻し、穂先はぴんと張っていた。
「すごい……全部、まるで新品みたいだ……!」
「いや、これは『馴染んだ相棒』の顔をしてるよ。ありがとう、工房の皆さん!」
見送ったあと、工房に一息ついた風が通る。
アレンはふと、壁に立てかけた一本の古箒に目をやる。ノアがかつて使っていた、思い出の箒――いまは整備され、いつでも飛び立てるように静かにそこにあった。
「そろそろ、また乗ってやらないとな」
ノアは少しだけ照れた顔で、けれど真っすぐ頷いた。
フィンは黙って、自分の作業机に置かれた修理道具を見つめる。そして呟く。
「俺……まだまだだけど。あの日の自分より、ちょっとだけ、進めてる気がする」
ノアは、手にした布でそっと穂先を拭きながら言った。
「また乗れる日が来たのは、この子のおかげ。きっと、私が怖くなくなるまで、待っててくれたんだね」
アレンは二人の様子を眺めながら、ふと呟く。
「箒の整備ってのは、実は使い手の心を直す作業かもしれないな」
【魔法道具、修理いたします。それは、心の奥に眠る“また飛びたい”を、そっと呼び覚ますために】




