表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の箒、修理いたします。  作者: 仲村千夏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/123

バケツ〜溢れるものは水だけではありません〜

 工房の裏口に、ひとつのバケツがぽつんと置かれていた。


 木製のようでいて、触れると金属の冷たさ。表面には淡い紋様が浮かび、魔力の名残が微かに残っている。持ち手の金具が錆びつき、内部には乾いた泥の跡。長い間、誰かに使われていなかったことだけは、すぐにわかった。


 


「……これ、今日の依頼じゃないよな」


 


 アレンが首をかしげると、フィンがバケツの横に添えられた紙を拾い上げた。


 


「ええと……“修理をお願いできますか。使えないけれど、捨てたくはありません”……署名はなし。誰かが置いていったみたいです」


 


 誰かがこっそりと、過去の記憶を託していったのだろうか。


 アレンはバケツを持ち上げ、光に透かしてみた。


 


「魔道具の反応はあるな……けど、用途がわからん」


 


「単なる水汲み用では……?」


 


 フィンが首をかしげると、アレンはにやりと笑う。


 


「魔道具ってのは、見た目じゃわからんことが多い。特に“生活魔具”ってやつは、使い方や仕組みより、“誰が何に使ってたか”が重要なんだ」


 


 工房の作業台にバケツを置き、アレンは魔力探査を始めた。残留していた魔素は薄いが、確かな“用途の痕跡”があった。


 


「……これは、何かを“集める”機能があったな。水、だけじゃない。もしかしたら、音とか、感情とか……」


 


「バケツで感情を?」


 


 フィンの疑問ももっともだった。だが、アレンは慎重に修理を始めた。持ち手の金具を外し、内部の刻印を削り直す。腐食した木の縁を補強し、割れた底に新たな補強魔法を流し込む。


 


「うーん……この構造、まるで“受け皿”みたいだな。魔力を、感情のかたちに変えて、集める……?」


 


「つまり……これは“涙を集めるバケツ”ですか?」


 


 


 修理を終えても、依頼主は現れなかった。


 だが数日後、町の噂話が耳に届いた。


 


「昔、町外れに住んでたご婦人がね、よく井戸の横で泣いていたって話、知ってる?」


 


「ご主人と娘さんを事故で亡くしてね……そのあと、ずっとひとりで暮らしてたらしいよ。最後に使っていたのが、“魔法のバケツ”だったとか……」


 


 


 アレンは黙っていた。


 けれど、工房の棚には、修理されたバケツが静かに置かれている。


 その中には、今も誰かの気持ちが残っているようで、ときおり、ほんの少しだけ水面が揺れているように見えた。


 


 


「フィン、覚えておけ。魔道具ってのは、誰かが使ったから魔道具なんだ。誰かの気持ちがそこに残ってる。壊れても、形が変わってもな」


 


「……はい。涙も、思い出も、ちゃんと“受け止める”道具ってことですね」


 


 アレンは笑いながら、バケツの中を指先でそっと撫でた。


 


「……大丈夫。また、誰かの涙を受け止めてくれる」


 


 


 その夜、バケツの中にひとしずくだけ、水が増えていた。


 それが誰のものか、誰も知らない。


 


 


【魔法道具 修理いたします。涙も、想いも、受け止めます】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ