魔法のお弁当箱〜想いまであたためて〜
朝の工房に、ほかほかとした湯気の香りが漂ってきたような気がした。もちろん、そんなものはどこにもない。ただ、目の前に差し出された道具が、そう錯覚させるほどに、あたたかさを宿していた。
「こちら……壊れてしまったみたいで。もう、お昼も冷たいままで……」
依頼者は、働き者らしい若い男性だった。手に持っているのは、金属製の長方形――魔法のお弁当箱だ。装飾は控えめだが、しっかりと刻印が施されている。
「これは……魔力加熱式弁当箱。時間指定で加熱が始まる仕組みだな。魔力石の反応が弱ってる」
アレンが静かにふたを開けると、中には焦げた痕跡と、魔導結晶の欠片が見えた。どうやら魔力が一気に噴き出したようだ。
「加熱機構が暴走して、壊れたな。……使い方、ちょっと無理してたんじゃないか?」
若い男は、申し訳なさそうに頭を下げる。
「実は……これ、亡くなった妻が作ってくれた最後の弁当箱なんです。
自分が料理は苦手で、でも毎日妻の味を食べていたくて。無理にでも使い続けてました……」
アレンもフィンも、ふと息をのんだ。
「自動加熱はしてくれてたんですが……もう何年も経って、とうとう止まってしまって。だけど……これだけは、どうしても直したくて」
修理は慎重を要した。
まずは魔力加熱回路の調整。古い刻印は歪みがあり、一部は再刻印が必要だ。
そして、壊れた魔導石の代わりに“共鳴石”を用いることで、“記憶された温度”を再現する仕組みに置き換える。
「このお弁当箱、単にあたためるだけじゃない。
“料理が出されたときの温度”と“誰のために用意されたか”を記録してたみたいだ」
アレンの言葉に、男は小さく頷いた。
「そういえば、温めるだけなのに……妻が作ったものだけ、ちゃんと美味しい温度になってました。他人が詰めると、ちょっと違った味に……」
「それ、魔法じゃなくて“想い”だな」
フィンがぽつりと呟く。アレンも笑って頷いた。
「魔道具ってのは、“ただ便利な道具”じゃない。誰かの気持ちがこもってると、それに応えるように動くもんだ」
修理が終わった翌日、男は再び工房に訪れた。手には自分で詰めた、手作りのお弁当。少し不恰好な卵焼きと、ご飯、ウインナー。
それをアレンの前でそっと置き、加熱装置を起動する。
「……あったかい」
湯気が立ち上る。ほんのり香るだしの匂いに、男は涙ぐみながら笑った。
「自分の味でも、ちゃんと温かくなるんですね。……これからは、自分の料理で、この弁当箱を使っていきます」
アレンは静かに頷いた。
「道具は、使う人の気持ちに応える。……ちゃんと“いま”を生きようとしてるなら、過去を否定することも、忘れることもない」
その日の帰り際、男は言った。
「また弁当、作ってきます。次はもうちょっと、味見しながら作ります。……妻にも、笑われないように」
フィンは、弁当箱を見送りながら呟いた。
「食べ物って、記憶と気持ちを運ぶ魔法だね」
アレンは頷く。
「それが冷めても、あたため直せるなら……まだ、未来はあるさ」
【魔法道具 修理いたします。あの日の味、またあたためて】




