風をとらえる。その夢
工房の裏庭に、不思議な形の魔法道具が運び込まれた。
それは銀の柱の上に、六枚の透明な羽根をもつ風車。
どこか工業的でありながら、魔法陣の刻まれたその姿には、どこか夢を宿したような雰囲気があった。
「“風魔力変換風車”、試作三号機です。街に魔法の風を届けるための道具……だったんですが」
若き魔導技術師、エリアスは肩を落としながら言った。
「羽根が動かなくなって、魔力が詰まって……もう自分じゃどうにもできません」
アレンは風車の根元に手を当て、ゆっくりと魔力を通してみた。
内部には、まだ息づいている何かがあった。けれどそれは、不器用に閉ざされていた。
「これは……未完成品、だな。けど、造ったやつの“想い”が、ぎっしり詰まってる」
エリアスは小さく頷いた。
「これは僕の師匠――セドが遺した設計です。
“誰もが魔法の恩恵を受けられるように”って、彼は言ってました。……でも、完成する前に事故で」
その言葉に、アレンもフィンも言葉を飲む。
「師匠が亡くなって……僕は後を継ぐと決めました。でも、あの風車は、まるで拒んでくるみたいで……。風が、止まってしまったんです」
その夜。アレンたちは工房の裏庭で風車の修理を始めた。
フィンが羽根の角度を確認し、エリアスは設計図を開く。
「……この部分、セドさんの筆跡じゃないですね」
フィンの指摘に、エリアスははっとする。
「それ……僕が足した部分です。セドが残したままだと不安定で、負荷が集中して事故になりやすいと思って」
「つまり“怖くて、補強した”わけか」
アレンはそう言いながら、改めて風車の心臓部を確認する。
魔力循環炉、風読み魔石、魔導転送管。どれもよく設計されている。
けれど――
「足しすぎだ。風は、囲えば逃げる。捕まえようとすれば、渦になって傷つける。……これは、風を“信じてない”造り方だ」
エリアスは悔しそうに唇をかんだ。
「……僕は、師匠みたいに、風を信じられない。
あの人は、“風は人を選ばない”って言ってた。でも……僕は、風に選ばれてない」
アレンは魔導設計図をしばらく眺め、ふと気づいたように手を止めた。
「……“風の記憶回路”が抜けてる」
「え?」
「セドって男……ただの理論屋じゃない。風の動きを、魔力で“記憶”させる設計が見える。……だが、お前の手で“外した”な?」
エリアスは黙って頷いた。
「……あれは、意味がわからなかった。風の“記憶”なんて、不確かなもので……」
「だが、それが“風と共にある”ってことだ」
翌日。
アレンは“風の記憶回路”を組み直した。
風の流れに合わせて魔導石がわずかに光る。それは、確かに風が通った“証”だった。
フィンが言った。
「……これって、風の軌跡を道具が覚えるの?」
「ああ。だから、一度“流れ”を得れば、次からは風が呼び寄せられる。まるで、道具が“風を懐かしむ”みたいにな」
エリアスはそれを聞いて、小さく震えながら言った。
「……師匠が、最初に試作機を作ったとき、“これは風の回想録だ”って言ってたんです。
その言葉の意味が、今ようやくわかった気がします」
修理が終わったのは、三日後の朝だった。
アレンたちは風車の前に立ち、最後の起動準備を整える。
「魔力圧、一定……流路、正常」
エリアスが深呼吸をした。
「風さん、お願い。――また、回ってください」
風が吹いた。
それは、森を抜けてくる自然な風。
その流れを、風車が受けとめ、静かに――そして確かに回り始める。
六枚の透明な羽根が、光を受けてきらきらと輝いた。
中央の魔力石が青く発光し、根元の魔法陣が回路を伝って脈打つ。
その姿は、まるで生きているかのようだった。
エリアスは、そっと涙をぬぐった。
「師匠……あなたの風、届いてます。僕が、ちゃんと受け取りました」
アレンは言った。
「風は、どこにでもいる。でも、“受け取る心”がなければ、すぐに通り過ぎてしまう。……魔法も同じだ」
フィンがそっと呟いた。
「じゃあ……これって、“受け止める魔法”なんだね」
その日から、エリアスの風車は、工房の裏で穏やかに風を集め続けた。
誰かの夢を乗せて――そして、新しい風を呼ぶように。
【魔法道具 修理いたします。風も夢も、記憶して、未来へ送ります】




