魔法の眼鏡、見通すのは景色?
昼下がり、工房の扉が勢いよく開いた。
「すみませんっ、壊れちゃったみたいで……!」
現れたのは、まだ十歳にも満たないような少年。
小さな手には、レンズの片方が外れかけた銀縁の眼鏡が握られていた。
「これ、父さんにもらった眼鏡なんです。魔法が込められてて……でも最近、変なものが見えるようになって……」
アレンは眼鏡を手に取り、魔力の反応を探った。
「“識別補助”と“視覚強化”、それに……これは、“真実視”か。対象の性質を読み取る魔法眼鏡だな」
「……でも、あちこちの景色が、まるで違って見えるんです。壁に穴があるみたいに見えたり、人の顔が影になったり……」
フィンがそっと尋ねた。
「それって、怖かった?」
少年は、少し唇を噛んでうなずいた。
「うん……。最初は、面白かった。でも、だんだん“見えすぎる”気がして……父さんは“世界の本当の姿が見える”って言ってたけど、そんなの、僕にはちょっと辛い」
アレンは黙って頷き、眼鏡を修理台へ運んだ。
慎重にフレームを開き、魔石レンズの内側に刻まれた魔紋を見つめる。
「“真実”ってのは、必ずしも心地よいもんじゃないからな……。けど、怖がる必要はない」
カリムは眉をひそめた。
「……じゃあ、壊れてないの?」
「いや、故障もしてる。“真実視”が暴走して、対象の属性を強制的に解析しようとしてる。……これは、作ったやつが未完成で渡したんだな」
アレンは眼鏡の魔力配線を整えながら、静かに語る。
「この手の眼鏡は、持ち主がある程度“見る準備”ができてないと、感覚が過剰になってしまう。“見る”ってのは、ただ見えることじゃない。“受け止める”ってことだ」
修理は夕方までかかった。
魔力を安定させ、レンズの“真実視”を意図的に切り替えられるようにすることで、少年の負担を軽くした。
「このスイッチを使えば、“普通の景色”と“真実の姿”を選べるようになった。あとは、自分で切り替えながら、慣れていけばいい」
カリムは眼鏡をかけ、そっと辺りを見回した。
最初は少し戸惑ったようだったが、やがて小さく笑った。
「……あ、今はちゃんと普通に見える。工房も、きれいな場所だ」
フィンが首をかしげた。
「さっきまでどう見えてたの?」
「うーん、壁に本棚が埋まってるみたいに見えてた。今は、それが“秘密の収納棚”ってわかる感じ」
アレンが軽く目を細めた。
「道具ってのは、嘘も本当も映す。大事なのは、それをどう見るか――そして、どう付き合うかだ」
その日、少年は何度も「ありがとう」と言って工房を後にした。
眼鏡の奥の目は、もう恐れよりも興味の色に近かった。
夜。フィンが作業台でつぶやいた。
「“見ること”って、すごく強いことなんだね。ちゃんと見るって、勇気いる」
アレンは棚から古い道具箱を取り出しながら言った。
「だからこそ、魔法道具は“見えすぎる前に、目を伏せる自由”もくれる。それを忘れたら、使う資格はない」
そして、空の夜に一つ、星が流れた。
【魔法道具 修理いたします。見える世界を、少しずつ受け止められるように】




