表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の箒、修理いたします。  作者: 仲村千夏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/127

転ばないようにの杖

 午後の工房は、ひとときの静けさに包まれていた。

 街のざわめきが遠く、風鈴の音だけが風と戯れるように鳴っている。


 


 そこへ、背中に大きな布包みを抱えた少女が、そっと扉を開けた。

 彼女は少し緊張した面持ちで、足をそろえて中に入ると、アレンに向かって深々と頭を下げた。


 


「……あの、こちらで魔法道具の修理をしていただけると聞きました」


 


 アレンは静かに頷き、席を勧める。

 彼女は包みの中から、一本の杖を取り出した。


 


「これは、祖母が長年使っていた“歩行杖”です。“転ばないように”って、ずっと持ち歩いてて……。でも、最近調子が悪くて、ふとした時にバランスを崩すようになってしまって」


 


 アレンは杖を受け取り、手に取って観察した。

 木の表面は使い込まれた艶を持ち、持ち手には柔らかな指の跡が残っていた。


 


 底には丸い魔力石が埋め込まれており、使用者の身体の傾きと筋力の低下を感知し、自動でバランスを補う補助魔法が組み込まれている。


 


「……細かく修復すれば、まだ十分使える。けれど、使用者の魔力に対する反応が鈍ってきてる。これは……」


「祖母は、最近寝ている時間が長くなってしまって。だからかもしれません」


 


 少女は、名をエルナといった。

 まだ十代の若さだが、その目には、誰かを大切に思う強さが宿っていた。


 


 


 「この杖、“私が歩くためじゃない”って、祖母が言ってたんです」


「ふむ?」


「“この杖はね、あんたたちに心配かけないための道具なんだよ”って。……そんなの、反則だって思いました」


 


 エルナは静かに笑った。けれどその目には、涙の気配がにじんでいた。


 


「でも……祖母は、この杖をとても大事にしていて。だから、ちゃんとまた動くようにしてあげたくて」


 


 


 アレンは作業台に杖を置き、分解の準備を始めた。


 木材内部に走る魔紋をなぞりながら、魔力石のひび割れを確認し、補助回路の微細なズレを調整する。


 


 フィンも隣で補助に入った。

 魔力の共鳴を安定させ、魔石の再結晶化を行うには、繊細な手作業が必要だった。


 


 エルナはその様子を黙って見ていた。


 


「杖って、“支えるため”の道具だけど……支える側も、支えられてるんですね」


 


 フィンがにこっと笑う。


「魔法道具は、気づかないくらい静かに、ずっと見てる。だから、長く使うと“その人の癖”まで覚えるんだよ」


 


「癖……」


「うん。足の運び方、立ち止まる場所、歩幅の変化。道具って、思ってるより“記憶”するんだ」


 


 エルナは杖を見つめながら、そっとつぶやいた。


 


「じゃあ、祖母が歩いた道も……この杖は、覚えてるんですね」


 


 


 修理は夕方までかかった。

 杖の内部には、微かに残った“転びかけた記憶”と“立ち直った魔力”が見え隠れしていた。


 


 最終調整を終えたアレンは、手渡しながら言った。


「これで、もう一度しっかり支えてくれるはずだ。――ただし、無理はさせないこと」


 


 エルナは両手で杖を受け取り、深く頭を下げた。


「ありがとうございます。……これで、祖母とまた庭を散歩できます」


 


 


 数日後――


 工房に一通の手紙が届いた。差出人はエルナだった。


 


『祖母は、杖を持って立ち上がりました。庭まで歩いて、小さな花を指差して、“春が来た”と笑いました。

 アレンさん、フィンさん、本当にありがとうございました』


 


 手紙と一緒に、小さな押し花が添えられていた。


 


 


 アレンはそれを作業机の隅に飾り、ひと言だけつぶやいた。


「……春か」


 


 その日、工房にはあたたかい風が吹いた。


 


【魔法道具 修理いたします。転ばないように――その願いは、きっと今も支えています】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ