出張修理、領主館にて
ある朝、町の役場から一通の書状が届いた。
「領主館より出張修理のご依頼……?」
アレンが書面を読み上げると、フィンが目を丸くした。
「出張修理なんてやってるんだ?」
「いや、基本やってないが……内容によっては断れないな」
依頼内容は、古くから領主家に伝わる自動演奏オルゴールの修理。
来週の式典で使用するため、どうしても間に合わせたいとのことだった。
「まぁたまには、外で空気を変えて作業するのも悪くない」
そして数日後――
アレンとフィンは街の北にある、厳かな雰囲気をたたえた領主館へ足を運んでいた。
重厚な石造りの建物に通され、案内されたのは奥の応接室。
中には落ち着いた雰囲気の女性がいた。彼女が現領主の娘、シェリア嬢だった。
「お越しいただき、ありがとうございます。これが修理をお願いしたオルゴールです」
テーブルに置かれた木箱は、精巧な彫刻と金の飾りが施され、中心部には魔力の宝石が埋め込まれていた。
だが、ふたを開けても――音は鳴らなかった。
「祖父が使っていたものです。……音楽は、“家の象徴”とされてきました。けれど、ある時から音が歪み始めて……」
アレンは魔力の感触を確かめ、すぐに違和感を察した。
「魔力回路の一部が“記憶の過去”を再生しようとして逆流している。音が過去のまま止まってしまってるな」
フィンは側面の魔紋をなぞりながら言った。
「再生と記録が同じ場所を使ってるから、“古い式典”ばかり再現しようとして、壊れかけてる……」
アレンは苦笑する。
「……格式も伝統もいいが、“今の音”が聞こえなきゃ意味がないな」
二人はその場で作業を開始した。
フィンが内部の音盤を丁寧に洗浄し、アレンは音符魔紋の再配置を行う。
さらに再生の魔力を“現在”に固定する処理を加えた。
修理は半日がかりになったが、やがて――
オルゴールは、かすかに、しかし確かな音で音楽を奏で始めた。
それは静かで、清らかな旋律だった。
シェリア嬢は目を閉じ、その音にじっと耳を傾けていた。
「……これが、今の我が家の音。そう思えます」
アレンは蓋を閉じながら言った。
「この音は、“これから”の式典のために作られたものです。……過去に寄りすぎると、音は鈍りますからね」
フィンがにこっと笑う。
「未来のための修理、って感じがして、ちょっと格好よかったね」
アレンは照れ隠しのように、早足で荷物をまとめ始めた。
「出張修理は疲れるな。もうしばらくは店に引きこもろう」
帰り道、街の景色がいつもより静かに見えた。
遠くから、あのオルゴールの旋律がかすかに聞こえたような気がした。
【魔法道具 修理いたします。伝統も、音も、少しずつ“今”に調律します】




