魔法の秤で何を計った?
今日も工房は静かに始まった。
フィンはいつも通り、作業机の掃除を終え、アレンが飲む朝のハーブティを淹れている。
「フィン、湯の温度、前より正確になったな」
「うん、コンパスを直したとき、魔力の感覚がちょっと鋭くなったかも」
そんな静けさを破ったのは、激しいドアの開閉音だった。
「お願いですっ! これ、直してもらえますか!!」
飛び込んできたのは、派手な襟のついたベストを着た若い男だった。
顔は汗と焦りにまみれ、肩からずり落ちそうなカバンを抱えている。
「こ、これは……?」
「魔法の秤です! バランス・ゲージ! “物の価値”を見抜く特製品なんです!」
男が差し出したのは、左右に盤がある精巧な秤。
中央の魔石が割れ、秤皿は片方だけ変色していた。
「……これは、判断系の道具だな。“本物か偽物か”とか、“価格に見合っているか”を測るタイプ」
「はい! でも僕、ちょっと“無理な使い方”をしてしまって……!」
アレンが冷ややかに見つめる。
「どう無理した?」
男は苦笑しながら説明する。
市場で“交渉相手の誠意”を秤にかけ、値切りに使おうとしたところ、秤が暴走して“人の心”を秤ろうとして壊れてしまったという。
「……バカかお前は」
アレンの言葉は容赦がない。
フィンが横で苦笑をこらえていた。
「秤って、“計るもの”がはっきりしてないと、魔力が暴走するよ。特にこういう魔道具は、欲望に反応しやすいし……」
依頼者は頭を下げて言う。
「でも、これ……亡くなった師匠から譲り受けたものなんです。直せるなら、直したい」
アレンは秤を手に取り、慎重に魔力の痕跡を探った。
中央の魔石は過負荷でヒビが入り、判定系の魔紋もところどころ“心の測定”という禁じられた回路に汚染されていた。
「完全には戻せないが、“物の価値を量る”ところまでは直せる。
ただし、“人の心”は二度と秤らせないこと。次やったら、この道具は自壊する」
「……はい」
アレンとフィンは分業で修理に取り掛かった。
魔石の再調整、秤皿の再精製、過剰回路の除去――
慎重に作業を重ね、夕暮れ前には元通りの姿になっていた。
「これで、また“正直な価値”だけを量れるはずだ」
男は深く頭を下げ、何度も礼を言ったあと、帰っていった。
その夜、フィンは作業台でふとつぶやいた。
「“道具の心”って、案外人の心より繊細かもね」
アレンは棚の上の道具たちを見回しながら、紅茶を一口すする。
「魔法道具は、使う側が正直じゃないと、すぐ見抜くさ。
それでも壊れる前に“教えてくれる”だけ、まだ優しい」
秤は、棚の片隅に仮置きされていた。
その重みは、今日もきっと何かを量り続けているのだろう。
【魔法道具 修理いたします。使い方を間違えたら、道具の方が怒ります】




