しゃべりすぎる魔法ランプ
町外れの坂道の途中にある、《風の手工房》。
今日もまた、ひとつの“壊れもの”が持ち込まれた。
「このランプなんですけど……とにかく、しゃべるんです」
工房のカウンターにそう言って立っていたのは、落ち着いた雰囲気の女性だった。
年は三十代半ばほど。旅人のような服装で、背中に小さな鞄を背負っている。
「しゃべる……って?」
「夜中でも、お風呂でも、ずっと誰かに話しかけてるみたいに」
そう言って彼女が机に置いたのは、銀色に鈍く光る魔法ランプだった。
いかにも昔ながらのランプ型で、ふたつきの先が細く伸びている。
「話しかけたら答える系か?」
「いえ……話しかけてなくても、勝手に延々と……。眠れなくて」
アレンは少し苦笑しつつ、ランプを手に取った。
重みがある。中には魔力炉が入っている古い構造だ。
「持ち主のあなたには、何か言ってました?」
「“今日の夕食は塩味が足りなかった”とか、“昔の旅の話”とか……私じゃない誰かに話してるみたいな感じです」
「……なるほど、記憶暴走型かもしれないな」
アレンはカウンターの奥へとランプを持っていき、作業台にそっと置いた。
「預かるよ。ちょっと時間をもらう」
整備室の灯りがともる。
アレンは手袋をはめ、まずはランプのふたを外して内部構造を確かめた。
「古い……構造はおそらく四、五十年前。魔力核の記憶保存機能が入ってるな。……でも暴走してる」
ランプの中心部には、“思い出録音石”が組み込まれていた。
これは、持ち主の思い出や声を記録し、あとで再生する機能を持つ希少な魔道部品だ。
「記録内容が漏れてる。封印が弱まったか……いや、“寂しさ”が増幅されてる?」
アレンは手を止めた。
記憶石は、持ち主の“感情”に共鳴する。
寂しい気持ちを繰り返し感じると、記録された声が延々と再生されるようになることがある。
彼はランプに、魔力検査棒をそっと当てた。
ふっと、微かなささやきが聞こえる。
「……今日は、夕日がきれいだったよ……あんたにも、見せたかったな……」
それは、どこか遠くを見るような、静かな声だった。
きっと――もう、この世にいない誰かへ向けた、最後の言葉。
「……こりゃ、“しゃべりすぎ”じゃなくて、“話し足りなかった”だけか」
アレンは、ランプに記録された全音声を魔法的に整理し始めた。
分解せずに、記憶石に専用の安定素子をはめこむ。
記憶の再生を必要時のみに限定し、必要以上に“過去”に縛られないように調整するのだ。
「お前は、ちゃんと話したかっただけなんだな。……でも、持ち主に眠ってもらわないと困るんだよ」
彼は静かに、ランプの底面にある“感情記憶共鳴石”を軽くたたいた。
その瞬間、ふわりと、暖かい風が部屋に流れた。
――おかえりなさい、って聞こえた気がした。
数時間後、女性が戻ってきた。
「直った、んですか?」
「しゃべらなくなるわけじゃない。でも、話す相手が“ちゃんとそこにいる”ときだけ話すようにした」
「それって……」
「あなたが、聞く準備ができたときだけ、声が返る。……きっと、それでいい」
女性はランプをそっと抱きしめた。
目元が少し赤くなっている。
「このランプ……夫が昔くれたものなんです。旅先で拾ったって、笑って……」
「声は、残ってた」
「……はい。懐かしい声でした」
アレンは頷いた。
魔法道具は、ただの道具ではない。
そこに宿る想いと、使う人の心が重なったとき、初めて“魔法”が生まれるのだ。
「眠れない夜は、こいつに話しかけてみるといい。……今度は、ちゃんと返してくれる」
女性は深く頭を下げた。
「ありがとうございました、本当に……」
ランプが去ったあと、工房に静寂が戻る。
アレンは作業台に座り直し、小さくため息をついた。
「……しゃべりすぎじゃなくて、“だれかに聞いてほしかった”だけか。人も道具も、そう変わらないな」
風鈴のように揺れる看板が、夜風に鳴る。
【魔法道具 修理いたします】
今日もまた、誰かの物語が、静かに直された。