お茶会のお誘い、魔法道具はどこにでもあります
ある晴れた午後、アレンの工房に届いたのは、やや立派すぎる封蝋付きの手紙だった。
「工房主アレン殿へ
本日午後三時より、屋敷にて小さなお茶会を催します。
貴殿の手による“静かな修理”に感謝を込めて――
町長ゼルガ、およびファルマス夫人マレーヌより」
「……これはまた、気の抜けない招待状だな」
アレンはエプロンを外し、少し悩みながら一張羅のシャツに袖を通した。
工房を閉める張り紙には「私用にて外出中。魔法道具の持ち込みは明日以降でお願いします」と丁寧に書き添える。
町の北側、丘の上にある洋館。
そこはファルマス家の私邸であり、滅多に市民が足を踏み入れることのない場所だ。
庭の白いテーブルには、すでに町長ゼルガと、上品な笑顔のマレーヌ夫人が腰掛けていた。
「やあ、アレン君。来てくれて嬉しいよ」
「よく来てくださいました。こんなに美しい午後に、あなたの修理の話を聞かせてほしかったの」
アレンが礼を言い席に着くと、もうひとつの椅子に気配を感じた。
「遅れて申し訳ありません。おや、あなたがアレン殿ですか」
その声に、アレンは軽く驚いた。
立っていたのは、貴族の家柄を象徴する銀のブローチをつけた中年の男性だった。
「ご紹介しますわ。こちら、デュラント侯爵家のクラヴィス様。
本日はこの方の“特別な品”のご相談を兼ねておりますの」
アレンは椅子を引き直し、改めて礼をした。
「初めまして。魔法道具修理をしております、アレンと申します」
「丁寧で結構。――私が直してほしいのは、こちらです」
クラヴィスが手渡したのは、厚布に包まれた小さな木箱。
中には、紅茶用のティーポット、カップ、ソーサー(ティープレート)が揃っていた。
一見、上質な磁器だが、アレンはすぐにそれが“魔法道具”であることに気づいた。
「……これは、温度保持魔法が込められている?」
「そうだ。それも“会話”に反応する――特殊な魔法だ」
クラヴィスは説明した。
かつて妻と共に愛用していたこのティーセットは、互いに“楽しく過ごしているとき”にだけ、完璧な温度を保ち、香りが引き立つ仕組みだった。
しかし、妻を亡くして以来、どんなに丁寧に扱っても、茶はすぐに冷め、香りも鈍くなってしまったという。
「つまり……道具が“会話”を聞かなくなった?」
「正確には、“会話の記憶”に反応しなくなったのだろう。
楽しい時間が、過去のものになったと思ったか――」
アレンはポットとカップを手に取り、耳を澄ませるように触れる。
そこに残る魔力の“音”は、確かに弱っていた。
だが完全には消えていない。まるで、また誰かが語りかけてくれるのを待っているようだった。
「再調整できます。……ただし、少し条件がいります」
「条件?」
「“今、楽しんでいる”会話を聞かせてやる必要があります。つまり……この場で」
町長とマレーヌ夫人が目を見合わせ、くすりと笑った。
「それなら、我々が最高の話し相手になりましょう」
庭に柔らかな風が吹き、カップに紅茶が注がれる。
町の噂話、昔の恋の話、魔道具の失敗談――
クラヴィスもいつしか、昔を懐かしむだけでなく、今この瞬間を楽しむように笑い始めていた。
すると――カップの縁が微かに光り、湯気がやわらかく立ち上る。
紅茶が、適温を保ち、芳香を増していた。
「……これは……!」
「はい。魔道具は、過去に縛られたものではありません。“今”を感じる道具なんです」
クラヴィスはカップを見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「……まったく、妻に笑われそうだ。“自分だけが時間を止めていた”と」
その後、ティーセットは魔力の回路を整えられ、再び日常で使えるようになった。
クラヴィスはそれを大切に持ち帰り、庭に面した書斎に飾ったという。
アレンは工房に戻る途中、空を仰いだ。
魔法道具は、どこにでもある。
それは工房の棚の中だけではなく――人の心が大切にした“時間”の中にも。
【魔法道具 修理いたします。温かい時間と共に、お茶をどうぞ】




