表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の箒、修理いたします。  作者: 仲村千夏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/124

風の音、もう一度

 夏の終わりが近づくと、風の音が変わる。

 蝉の声が遠のき、空には高く細い雲が浮かび始める。


 


 アレンの工房も、季節の移ろいを静かに受け入れていた。

 入り口には風除けの薄布がかかり、店内には涼しげな音の魔道具――風鈴型の結界装置が吊るされていた。


 


 その日、ドアをノックする音がした。


「こんにちはー! アレンさん!」


 


 元気な声とともに、ノアが駆け込んできた。

 彼女はおばあちゃんの箒を壊してしまった少女で、今では週に一度は顔を出す“半常連”になっていた。


 


 その後ろから、ゆっくりとノラが入ってくる。


「まあまあ、そんなに慌てないの」


 


「ノア、どうかしたのか?」


「うん、おばあちゃんがね、“風の音が消えちゃった”って言うの! なんか風鈴が鳴らなくなって……」


 


 ノラが差し出したのは、小ぶりな魔法風鈴。

 陶器の中には、風を受けることで“記憶された音”を再生する魔石がはめこまれていた。


 


「これは……古い型だな。かなり繊細な作りだ」


「昔ね、この風鈴は、家族で過ごした夏の音を全部、録ってくれてたの。あの子が小さい頃の笑い声とか、庭の風とか……」


 


 ノアはその話を聞いて目を丸くした。


「えっ、そんなこと録れるの!?」


「“音の記憶結晶”っていう魔術だよ。今はあまり使われなくなったけど……良い魔法だ」


 


 


 アレンは風鈴を工房の奥に持ち込み、丁寧に分解を始めた。

 陶器の内部はひび割れており、魔石の周囲も傷んでいる。

 さらに、風を感じ取る“羽根”部分が歪んでいたことで、感知魔法が発動しなくなっていた。


 


「どう?」


「これは……完全に壊れてはいない。でも、再生には少し工夫がいるな。音の記憶は、まだ残ってる」


 


 アレンは魔石を取り出し、特殊な魔力水晶で触れる。

 すると――ほんのかすかに、小さな子どもの笑い声が響いた。


 


「……ノア?」


「わたしの声だ!」


 


 アレンは頷き、慎重に修復を進めた。


 魔石の構造を安定化し、陶器のひびを魔法接着で補修。

 風受けの羽根は新しいものに取り替え、風の強さで再生音が変化するよう再調整した。


 


「できた。……でも、これは“風が思い出す音”だから、工房の中じゃ鳴らないかもな」


 


 


 そのまま三人で、ノラの家の庭に向かった。

 小さな縁側には、すだれがかけられ、風の通り道が心地よい。


 


 アレンが風鈴を吊るし、そっと風を待つ。


 


 ……チリン、と音が鳴った。


 そして――


 


「キャハハッ! もっと押して〜!」


「ノア、そんなに走ると転ぶぞ〜!」


 


 それは、昔の風景だった。

 ノラの声、ノアの小さな笑い、父と母の優しいやりとり。


 音が風にのって、庭に溶けていく。


 


 


 ノラが静かに目を閉じた。


「……戻ってきた。音だけなのに、全部、戻ってきたわ」


 


 ノアは真剣な顔でアレンを見上げた。


「アレンさん、すごいね……!」


「いや、“音”がすごいんだよ。道具が覚えてくれただけさ」


 


 風鈴は、もう一度やさしく鳴った。


 夏の終わりを告げるように。

 あるいは、新しい季節を迎えるように。


 


 帰り道、アレンはふと呟いた。


「“修理”ってのは、壊れた物を直すんじゃなくて――忘れかけたものを、もう一度思い出すことかもしれないな」


 


 風が吹き抜け、工房の看板を揺らした。


【魔法道具 修理いたします。音の記憶も、風に乗せて】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ