暴走する清掃箒。臨時休業のお知らせ
それは、開店前の朝に起こった。
アレンはいつものように工房の扉を開け、軽く掃除を済ませ、コーヒーを淹れようとしていた。
ふと、保管棚の奥で“何か”が小さく揺れているのに気づいた。
ごと、ごとごとっ。
「……あ?」
次の瞬間、ドカン、と棚が揺れ、扉が勢いよく開いた。
そこから飛び出してきたのは、一本の魔法箒――ただし、“飛行用”ではなく“自動清掃箒”だった。
「……やっば」
古いモデルだが、非常に高性能な清掃特化型の箒。
本来は城館や図書館の床掃除に用いられていたもので、汚れの感知と排除を自動で行う。
だが――この個体、過去に“改造”されていた。
その動きは早く、凶暴で――
「ホコリは罪! 落ち葉は敵ィッ!」
と叫びながら、工房内を暴れ回った。
「おい、やめろ! それは“未修理品”だ!」
「不衛生! 不整理! 不整頓! 対処開始!」
アレンの叫びも虚しく、魔法箒は掃除と称して机の書類を撒き散らし、保管中の杖を転がし、カーテンを丸めて吸い込もうとした。
やがて、店内のほぼすべてが“掃除済み(破壊済み)”となった頃――
箒は自らの柄をぐるぐる回しながら、再びアレンの方へ向かってきた。
「最終段階、工房主も清掃対象に――」
「させるかっ!」
アレンはとっさに“封魔箱”を投げつけ、箒の動きが止まったところを押さえ込んだ。
そのまま工具で柄の中の“清掃狂化モジュール”を無効化し、やっと沈静化に成功。
「……誰だ、こんなもん、勝手に保管棚に入れたの……」
答える者はいなかった。
工房内は、修理屋とは思えない有様だった。
カウンターは傾き、棚の中身は散乱。床には謎の吸引痕が残り、空気には“レモンミントっぽい清掃香”が漂っていた。
アレンは額を拭き、深いため息をついた。
「……本日、臨時休業とします」
その日一日、工房は完全に閉店。
常連客のミレイからは「爆発でもあったの?」と茶化され、町長からは「張り紙の“清掃中”って字がかすかに震えているのが不安だ」と言われた。
だが、騒動から三日後。
新たに整えられた工房の棚には、しっかりと封印済みの“清掃箒”が一角に置かれていた。
「いつか、こいつもきちんと“掃除道具”に戻してやらないとな」
アレンはそう呟きながら、今日の依頼票に目を通す。
【魔法道具 修理いたします。清掃道具も、心は綺麗に】




