アレンの休日
風の手工房には、決まった「定休日」というものがほとんど存在しない。
街の人々がそれぞれの暮らし方を持つように、魔法道具たちもまたそれぞれの事情で壊れたり、急に沈黙したりする。それゆえ、工房の扉は基本的にいつでも開いている。
とはいえ人間である以上、毎日ずっと働き詰めというわけにもいかない。そこで大事になるのが――アレンという工房主の「お休みの取り方」である。
アレンが休みを取る基準は、一言でいえば「その日に必要な仕事がないかどうか」だ。
もっと明確に言うと、自分がいなくても工房が回るなら、迷わず休む。反対に、誰かが困っていると分かったら、休みだろうが夜中だろうが動く。
ミラ曰く、
「アレンさんの休みは“天気と同じ”です。読めそうで読めないです」
とのこと。本人は苦笑いを返すだけだが、あながち間違っていない。
そんなアレンの休日は、実に静かだ。
朝はゆっくりと目を覚まし、部屋の窓を開けて風の具合を確かめる。涼しい風が流れている日は、簡単な食事を取ったあと、街はずれの小川へ散歩に出かける。
誰もいない場所で水面を眺めていると、魔力の流れや道具の響きのことが自然と思い浮かんでくる。
「仕事のことは忘れよう」と思っても、完全に忘れられたためしがないのだ。
休みらしい休みを過ごしているのは、むしろ“読書の日”だ。
アレンは魔法道具の歴史書から古代魔法の体系書、さらには小さな民話集まで幅広く読む。
工房の片隅の小さな読書椅子に腰を下ろし、昼間は静かに本を読み、夕方になると紅茶を用意してまた読む。
ミラがよく「アレンさんの休日は本の世界に行って帰ってこない」と言うのも、その通りだった。
また、アレンの休日には“散らかった工房の整理”という特別行事がある。
本当のことを言えば、休みではなく「片付けが終わるまで工房を閉める」日である。
魔法道具のパーツ、壊れた魔石、修理途中で継ぎ目を確かめるために置いておいた古い箒、実験用の魔力調整具……気づけば机の上に積み上がってしまう。
片付けの時だけはミラやフィンにも手伝ってもらうが、アレン本人は散らかしている自覚があまりないので、手伝い組は毎回頭を抱える羽目になる。
しかしそれでも、アレンの休日には共通する特徴が一つだけある。
――無理をしない。
工房主としての責任感は強いが、アレンは自分の限界をよく知っている。
体調を崩せば、工房を訪れる人たちに迷惑がかかる。
だから疲れが溜まれば素直に休むし、眠たい日は昼まで眠る。
その姿勢はフィンにとっては「真面目なのか不真面目なのか分からない」、ノアにとっては「見習いたいけど見習えない」と言われるほどだ。
とはいえ、アレンにも“絶対に休みたくない日”がある。
それは、工房に新しい道具が持ち込まれたとき。
特に古い時代の魔法道具や、見たことのない構造の品を前にすると、休日どころではなくなるらしい。
「これは珍しい……!」
と言いながら、気づけば夕食も忘れ、ランプの灯りの中で分解を始めてしまう。
ミラはその姿を“少年みたいで可愛い”と思い、フィンは“仕事着のままで寝落ちするのやめてほしい”と思い、ノアは“ごはんはちゃんと食べてください!”と訴える。
だがアレンはどれだけ言われても、珍しいものを前にするとやはり止まらない。
そんなアレンの休日は、外の誰かから見れば地味かもしれない。
旅行にも行かず、賑やかな場所へも行かず、ただ静かに、自分の好きなものと向き合っているだけ。
だがアレンにとっては、それが何よりの“休息”であり、“次の日へつながる力”でもあった。
そして、工房の扉を再び開ける朝が来る。
アレンは変わらぬ穏やかな表情で、訪れる人々の魔法道具を迎える。
休日の静けさも、仕事の日の賑わいも、すべてひっくるめて――
それが、アレンの「風の手工房の日常」だった。




