婚約指輪、優しさを持つように
ある日の午後、工房の扉が“がちゃん”と力強く開け放たれた。
その音で、アレンは椅子から半分身を起こした。
「えっと……こちら、“指輪も”修理してくれるそうで?」
立っていたのは、甲冑姿の女騎士だった。
背中に剣、腕に盾。そして指には、ぴっちりと食い込んだ銀の指輪。
その表面には亀裂、そしてうっすら焦げ跡まで見える。
「……また指輪か……」
アレンはひとりごとのように呟いた。
「え、えっと、違うんです! これは……婚約指輪なんです! でも、なんか最近、すごく痛くなってきて……」
「座ってくれ。事情を聞く前に、火を噴かないかだけ確認するから」
「そ、そんなのがあるんですか!?」
「最近多くてな……」
調べてみると、その指輪には“守護と誓約”の魔法が刻まれていた。
内容は非常にまっすぐだ。
「私が不安になったとき、あなたの心を感じられるように」
「……これは、“つながり”の魔法か」
アレンは少し考え込んだ。
相手の感情を読み取る力がある反面、感情の揺れを“強く受けすぎる”副作用もある。
「つまり……これ、彼の不安とか迷いが、全部あなたに来てるんです」
「……彼、優しすぎるくらいの人で。でも最近、なんだか遠慮してるなって思ってました」
「それがそのまま、指輪に表れてるわけだ」
「なるほど……でも、やっぱり、私は一緒に悩みたいです。痛いのは困るけど!」
アレンはふっと笑い、指輪に手をかざした。
「じゃあ“調整”しましょう。“つながり”を完全には切らず、“緩衝”を挟むようにすればいい」
彼は指輪の魔力回路を細かく調整していく。
心拍と感情の振れ幅を感知し、一定値を超えたときだけ“柔らかく”通知するよう魔法を織り込む。
この調整には技術と繊細さが要る。
だが、アレンにとっては、手慣れた作業になってきていた。
「……よし。これで、“優しさの重さ”を感じながらも、苦しみすぎないはず」
指輪を受け取った女騎士は、そっと左手にはめた。
「……痛くない。あったかい、って感じがします」
「それが彼の“本当の気持ち”です。言葉にならない不安じゃなくて、根っこにある想いだけを、残した」
「ありがとうございます。本当に……大切にします」
その数日後から、《風の手工房》には次々と“指輪”の修理依頼が持ち込まれるようになった。
「うちのが突然“防護結界”を張るようになって」
「プロポーズされたけど、指輪に“即結婚の誓い”が入ってて……」
「これって呪いじゃないですよね!?」
毎日のように届く“恋愛系トラブルの指輪”。
魔法が関わると、愛もまた一筋縄ではいかない。
アレンはその都度、真剣に対応していた。
ときに苦笑しながらも、どれも丁寧に、ひとつずつ。
「最近……どうも、“女性からプロポーズ”する流れがあるのか……?」
昼下がりの工房で、彼は書類を束ねながら、ぽつりと呟いた。
風が看板を揺らす。
【魔法道具 修理いたします。重すぎる愛も、優しさに変えて】




