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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

残酷な言葉を残す君へ

作者: 葵麻智香

J.Garden55の万年青二三歳さん主催の140字カードアンソロジー企画の参加作品(ナギ視点)、および当日にネップリで印刷できるようにした後日談(小城視点)になります。

 あえかなる横顔を見つめる。

「なんだ?」

「次はいつ?」

「さぁ?」

 視線をこちらに向けることもなく、ネクタイを慣れた仕草で結ぶ。たまに連絡がきて一夜をともにするが、ぼくは君の本名さえ知らない。

 すでに君には昨夜の色もなく。

「またな」

 最後だけ君は笑い、残酷な言葉を残す。

 僕はまた一人きり。


***


 ナギと名乗る青年と出会ったのは、繁華街だった。夜の街は、ネオンが明るく酔った人々を浮き上がらせていた。

 だが、メインの通りを離れれば、路地は暗く狭い。小城は二次会が開催されている店がわからず、ウロウロと細い路地に迷い込んでいた。久々に日本帰国した。が、職場で報告に手間取り、同窓会の開始時間に間に合わなかったのだ。一次会の店舗は把握していたものの、すぐ近くで開いていると示された店舗が見つからない。酔った同級生に連絡してもレスポンスは遅く、また酔っているのか返信も要領を得なかった。

 そんな折、暗い路地に座り込んでいる男を見つけた。黒髪の若いスーツを着た20代らしき男性が膝を抱えている。

「おい、大丈夫か?」

(さっき交番があったな)

 酔っているだけだろうと思いつつ、先ほど見かけた交番までなら連れて行ってやってもいいと思って声をかけた。

 しかし顔を上げた男はあろうことかグズグズと泣いていた。正直ドン引きした。涙やら何やらで顔はグシャグシャだった。

(まだ、幼い感じだな)

 スーツに着られている。社会人の一年目のような風貌だ。

 飲み屋街もそう安全というわけでもない。

 とりあえず路地から連れ出し、落ち着くよう近くの自動販売機で熱い缶コーヒーを買ってやる。同級生からのトークアプリの返信は、その頃には沈黙していた。そのまま、成り行きで振られて泣いていたと事情を聞いた。ナギがゲイであること。男性が性の対象であること。そして……おざなりに慰めているうちに、そのまま成り行きで寝た。結局彼の名乗った名前が本名かどうかもわからないままだった。

 さいわい体の相性は良く、別れる前にトークアプリだけ交換した。以来、日本に戻る時はナギに連絡を取り、夜を共にしている。

 男同士だ。将来の展望など何もいらない。彼も自分もそんな刹那の関係を楽しんでばかりいると思い込んでいた。

 彼がアプリからアカウントを消すまでは。

 彼は静かにふつりといなくなった。別れの言葉も何もなかった。ただ、トークアプリからアカウントだけがある日消えていた。

 それに気づいたのは、帰国日が決まり、ナギに連絡を取ろうと思った時だった。普段から必要なとき……帰国の時にしか連絡を取っていなかったのが仇になった。彼のアカウントがいつ消えたのかもさっぱりわからなかった。

(まぁそんなものかな)

 いつも何日に帰国するが、都合はつくか?それだけを連絡する間柄だった。付き合ってもいない、いわゆるセフレだ。単純にナギに好きなやつでもできたのだろうと思った。

 小城はもともと異性愛者だ。ただ、学生のころ興味本位で男と寝たことはあった。あまり興が乗らず、自分は女性が好きなのだと自覚して、それからは女性とだけ寝てきた。

 ただナギと出合った時は、まだ若造のくせにフラれたぐらいで自分には魅力がないとかグチグチ言い募るので、ついうっかりそんなに卑下したものでもないと態度で示してやろうと思った。ホテルに誘い、思いの外開発されていたナギを抱くのは、良かった。

 ただ自分は海外出張が多い。ナギが寂しがり屋なのは、フラれてあれだけ落ち込んでいる時点でわかった。付き合おうというほど、好きになったわけではなかった。そしてナギの性格では遠恋は不向きだった。もっと普段から優しくしてくれるやつが合っている。

 自分もマメな質ではない。セフレがちょうどいいなと思い、そうした。

 それを一年ちょっと続けて、ナギがそのセフレの関係を解消しただけだ。

 何も自分にダメージはないはずだった。

 何も。


 ***


(しっくり来ないな)

 違和感を覚えたのは風俗を利用したあとだった。

 性の解消相手を手早く見つけたくて、風俗を利用した。はじめは女性を相手にし物足りなさを感じた。数人を相手に試しても違和感が消えず、男性とも寝てみた。

 どの相手でも、ナギと寝ていた時ほどの満足感が得られなかった。

 気づくと喧騒の中、小城はぼんやりと、はじめにナギとあった飲み屋街の路地にいた。アルコールの入った人々が、道端に立ち尽くす小城を迷惑そうに避けていく。

(まいったな。俺の方が意外とハマっていたのか)

 クシャリと自分の前髪を掴む。彼が、ナギが行為のときによく小城の前髪を掴んでいた。夜、乱れるとナギは声がかすれてくる。そのときに小城に縋りつくように前髪や頭全体を掴むのだ。そのまま小城を抱き込むような姿勢を取るのが、ナギは好きなようだった

 アラサーにもなって自分の感情を把握しそびれていた自分を小城は自嘲した。

 

(まぁでもそういうことなら、仕方ない、な)


 ***


 万が一の可能性を考えて、男性同士の出会い系のアプリに複数登録する。地域を限定し、舐めるように探した。

 顔を登録している奴はさすがに少ないが、上半身や後ろ姿をアイコンにしているやつが多い中、手の写真をアイコンにしている人物がいた。見慣れた手。感極まった時に小城を掴む手。

(見つけた)

 控えめに好きな音楽をあげただけのあたりさわりのないプロフィール。優しい人を探しているというヤリモクのアプリに似つかわしくないアピール文。いくつか粉がかけられているのがわかった。さすがにそれにのったかは不明だったが。

 音楽を話題にしばらくやりとりを続け、会う約束を取りつける。

 ホテルの一室で待ち構えていると、ドアがノックされた。

「……なんで」

 久しぶりに聞いたナギの声はかすれていた。

 ドアノブから手を離し逃げようとするナギの手を掴み、部屋に引きずり込む。

「やっと、捕まえた」

「なんで、ここに」

 ナギの目は驚愕に見開かれている。

「手の写真でわかった」

 ナギを抱きしめ、首筋に顔を埋める。

 かすかに柑橘系を思わせる匂いがする。ナギの匂いだ。

「あんたが俺を探したのか? そんな、嘘だ……」

「嘘じゃない。血眼で探した」

 冗談でなく、あたりをつけるまではずっと複数の出会い系アプリを見比べていた。

「嘘だ!去る者は追わない感じだっただろ?……あんたとはもう嫌だ。曖昧な関係には、もう……疲れた」

 これまでは、抱きしめると緩く力を抜いていた体。だが今日は強ばらせたままだ。

「だから、アカウントを消したのか」

「俺のことなんとも思っていないくせに! なんで追いかけてきたんだ!」

 ナギの悲痛な声をきく。こんなにもいろいろ内心で考えていたのを、今まで黙っていたらしい。セフレのように会う間は、ナギは聞き分けのいいだけの相手だった。

「そうだな……おれも別れる前までそう思っていた。だが、ナギがいなくなってわかった。自分で思うより、君がいないとダメだった。おれと付き合ってくれないか?」

「んだよ、それ……鈍すぎだろ?」

 ナギは俺の腕の中で涙ぐんでいた。

「ダメか?」

「もっと俺と……話をしてくれ。それから決める」

「ああ、それでいい」

「あんたはいつも、偉そうだな」

 右手でナギの左耳、頬をなぞって、顎をすくう。

 拒まれないのをいいことに、そのままナギに唇を寄せた。

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