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第二章:午前三時の缶コーヒー

深夜のデータ入力アルバイトは続いた。


相変わらず単調で、目と肩が凝る作業だったが、報酬は確かに生活を助けた。


そして何より、休憩時間に小島光太と話すのが、健一にとって欠かせない時間となっていた。


アルバイトが終わるのは午前三時過ぎ。街は静まり返っている。


研修センターを出て、最寄りの駅まで向かう途中、小島がいつも声をかけてきた。


「田中さん、この後どうします? よかったら一杯付き合いませんか?


さすがにこの時間だとやってる店少ないですけど」


最初は遠慮していた健一だったが、二、三度誘われるうちに、


近くの深夜まで開いている居酒屋に付き合うようになった。


あるいは、コンビニで缶コーヒーや軽い夜食を買って、駅前のベンチで語り合うこともあった。


居酒屋では、小島は驚くほどよく喋った。


色々な仕事をしてきたこと、旅が好きで国内外を転々としていたこと、そして、出会った女性たちのこと。


「いやー、俺、基本的に誰とでもすぐ仲良くなれるんですけど、長続きしないタイプで。


田中さんみたいに、ちゃんと家族がいて、っていうの、すごい尊敬するんですよね」


小島は少し酔って頬を赤らめながら言った。


「いや、尊敬されるようなもんじゃないよ。ただ、流れでこうなっただけで」


健一は照れ隠しに笑った。


「流れ、ですか。でも、その流れを維持するのって、結構大変だと思うんですよね。


奥さんとお子さん、可愛いんでしょうねぇ」


小島が子供の話を振ってくる。健一は、隼人と美桜の顔を思い浮かべ、自然と口元が緩んだ。


「ああ、まあ…言うこと聞かない時もあるけど、可愛い、かな」


「ですよ! 田中さん、普段仕事の話とか全然楽しそうじゃないのに、


お子さんの話になるときの顔、全然違いますもん!」


小島はゲラゲラ笑った。健一は気恥ずかしくなったが、悪い気はしなかった。


自分の子供の話を、こんなに興味を持って聞いてくれる人間は、職場にはいなかったし、


昔からの友人も、皆それぞれの生活で忙しかった。


ある晩、珍しく健一の方が深酒してしまった。


会社のストレス、減給の悩み、そして、最近感じている得体の知れない異変。


それらが重なり、つい飲みすぎてしまったのだ。


呂律が回らなくなり、テーブルに突っ伏しそうになった健一を、小島が慌てて支えてくれた。


「田中さん! 大丈夫ですか? ちょっと飲みすぎですよ!」


小島は健一の肩を貸し、店を出た。冷たい夜風が心地よい。


「わりい…ちょっと、しんどくて…」


「分かりますよ。なんか、色々と大変なんですね」


小島は何も詮索せず、ただ健一の隣でゆっくり歩調を合わせた。


駅に着くまで、ほとんど健一は喋らなかったが、小島は何も言わず、ただ健一の体を支え続けてくれた。


改札を抜けるところで、「あとは大丈夫です」と言う健一に、


小島は「無理しないでくださいね」とだけ言って、自分の方向へと歩き出した。


その背中を見送って、健一は一人、ホームのベンチに座り込んだ。


体の酔いと共に、心の重荷が、ほんの少しだけ軽くなったような気がした。


誰かに弱さを見せるなんて、随分長いことしていなかった。


休日には、小島から誘われることもあった。


近未来的なデザインのショップが並ぶ街をぶらついたり、最新のVRアトラクションを体験したり。


健一一人では決して足を踏み入れないような場所に、小島は軽やかに彼を連れ出した。


「田中さん、意外とこういうの好きじゃないですか!」


VRゴーグルを外し、興奮気味に話す健一を見て、小島が嬉しそうに言った。


「まあ…たまには、ね」


健一は照れながら答えた。新しい経験は、彼の凝り固まった心を少しずつ柔らかくしていく。


小島といると、不思議と肩の力が抜けた。


年齢や立場を気にせず、一人の人間として、ただ笑い合える時間がそこにはあった。


深夜のデータ入力。


午前三時の缶コーヒー。


休日の外出。


二人の時間は確実に積み重なり、彼らの間に強い絆が生まれ始めていた。


健一は、小島光太という青年を、年齢の離れた友人として、心から信頼するようになっていた。


しかし、その絆が深まるにつれて、健一の日常に忍び寄る異変は、


もはや「気のせい」では済まされないレベルになっていた。


それは、彼が触れている「アンダーグラウンドコード」と、


そして隣で笑っている小島光太という男の、想像もしていなかった正体へと繋がっていく、


最初の兆候だったのだ。




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