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第二十一章:交錯する思想

二人の覚悟が決まった瞬間だった。彼らは、岩崎と共に、「アンダーグラウンドコード」の核心へと、歩を進める。この世界の真実と、自らの運命に立ち向かうために。

『ヴェール』の『支配派』総長、城塚巌の部屋。


広大な空間に設置された巨大なディスプレイパネルには、管理され、一見幸福に見える街の光景が映し出されている。


部屋の中央に立つ城塚総長は、そのパネルに向かって、そして目の前の小島光太に向かって、自らの思想を熱弁していた。


「…だから人間はバカなんだ」城塚総長の声が響く。


「何も分かっていない。何も分かっていないから、正しく判断することができない。理解ができないから、間違える」


小島は、無言のまま城塚総長を見つめていた。


記憶を取り戻した彼の顔には、城塚総長の言葉に対する反発の色が浮かんでいる。


彼の本体は、街のコアシステムに繋がれ、苦痛に耐えている。


しかし、彼の意識は、目の前の男の言葉を明確に拒絶していた。


「バカは…自由にしても、ろくなことをしない」


城塚総長は、嘲るように言った。


「欲望に溺れ、互いを傷つけ合うだけだ。だから、管理しなきゃならないんだ。強く、確実に、完璧に」


城塚総長の演説は、続く。


人間は不完全であり、その不完全さ故に管理されるべきであるという、彼の歪んだ信念。


それが、この街の、この世界の基盤である魔法陣システム、そして小島光太という「コア」を必要とする理由なのだと。


「これは…とてもいいことをしているんだ」


城塚総長は、ディスプレイの光景を指差した。


「この管理によって、どれだけの秩序が生まれ、どれだけの人間が平穏に暮らせているか。どれだけの幸福が…」


城塚総長が、そこで言葉を区切った。


彼は、確信に満ちた表情で、小島に問いかける。


「…そう思うだろう?」


その問いかけが、部屋に響いた、まさにその瞬間。


城塚総長の、そして小島の、予想もしなかった場所から、声が上がった。


「いいことなわけ…ないでしょ!!」


叫んだのは、加藤莉子だった。


城塚総長は、驚愕に目を見開いた。


彼の視線が、声のした方へと向かう。


そこには、部屋の入り口付近に立つ、三つの人影があった。


田中健一、加藤莉子、そして…岩崎剛。


なぜここに?


どうやって?


彼らは捕らえられたはずでは?


城塚総長の完璧な計画に、ありえない変数が現れたのだ。


岩崎かっ


なるほどな


城塚総長は苦虫を噛むような顔をする。


小島は、田中と莉子の姿を見て、目を丸くした。


驚き。


そして…安堵。


彼らが、危険なこの場所に来てしまったことへの焦り。


しかし、自分のために来てくれたことへの…嬉しさ。


その喜びが、込み上げてくる。


「なんで…来たんだ…!」


小島は、掠れた声で叫んだ。


「早く…逃げるんだ! 後のことは…全部、俺がやるから!」


彼の言葉は、彼らを危険から遠ざけたいという、強い願いだった。


自分はもう、この運命を受け入れた。だから、二人だけは…


しかし、そんな小島に対し、田中は首を振った。


彼の顔には、もう平凡さはなかった。


強い意志の光が宿っている。


「…無理だよ、小島君」田中は言った。


「知っちゃったんだ…もう、後戻りはできない」


「アンダーグラウンドコード」で読み解いた真実。


岩崎さんから聞かされた、この世界の裏側。


小島君が背負う、あまりにも過酷な運命。


それらを知ってしまった以上、元の日常に戻ることは、もう不可能だった。


田中は、城塚総長に向き直り、はっきりと宣言した。


「俺たちは…魔法陣を…壊しに来た」


その言葉に、城塚総長は再び驚愕したが、すぐにそれは、嘲笑へと変わった。


「…気が狂ってるのか」


城塚総長は、腹を抱えて笑い出した。


非武装の、ただの一般人が、この強固なシステムを破壊しに来た? 馬鹿げている。


しかし、そんな城塚総長に対し、莉子が、強い意志のこもった声で叫んだ。


「気が狂ってるのは…貴方の方でしょ!!」


莉子の叫びが、部屋に響き渡る。


城塚総長の笑いが止まる。


「だからだ…」城塚総長は、冷徹な顔で莉子を見た。


「だから人間はバカなんだ。何を言っているのか、何も分かってない」


彼は、田中の言葉、莉子の言葉を、人間の理解力の欠如に帰結させる。


「真実を突きつけても、理解ができない。理解ができないから、間違った感情論に走る。感情論に走るから、正しい判断ができない」


城塚総長の声には、苛立ちと、そして人間への深い侮蔑が込められていた。


「何も分かってないから、理解ができない。理解ができないから、間違える」


城塚総長の言葉が、彼らの心を突き刺す。


「そんなバカは…自由にしてもろくなことをしない。だから、管理しなきゃならないんだ!」


城塚総長の捲し立てるような言葉に、田中は顔を上げた。


彼の目は、城塚総長の冷たい視線を真っ直ぐに見据えていた。


「…あなたが言ってることは…正しいのかもしれない」


田中の言葉に、城塚総長は驚いたような、しかしすぐに勝利を確信したような表情を見せた。


やはり、この男も、自分の思想の正しさを認めざるを得ないのか。


「…いや、正しいんだと…思います」


田中の言葉に、さらに城塚総長は自信を深める。


「…我々が、バカなのも…確かに、そう」


田中の自己否定的な言葉に、城塚総長の口元に、冷たい笑みが浮かんだ。


見たか。


結局、人間は自分の不完全さを認め、支配を必要とするのだ。


しかし、次の言葉は、城塚総長の予想を裏切るものだった。


「…でも…」


田中は、一歩、前に踏み出した。


彼の顔に宿るのは、自己否定ではない。


それは、不完全さを受け入れた上での、揺るぎない覚悟だった。


「…正しいことが…正解とは限らないんだ」


その言葉に、城塚総長の笑みが消えた。


「論理だけが、全てじゃない」


田中は続けた。


彼の声は、静かでありながら、部屋全体に響き渡るほどの力を持っていた。


「僕らには…感情がある」


城塚総長の顔に、動揺の色が走る。


「自我がある」


莉子が、田中の隣に立ち、強く頷いた。


「小島君にも…あるんだよ」


田中は、城塚総長と、そして小島を見た。


「当たり前のことだ。論理や効率だけじゃ割り切れない、当たり前のことだ」


健一は、力を込めて言った。


「それを…論理や効率のために…侵害していい理由なんて…ないんだ!」


彼の言葉は、城塚総長の思想の根幹を、真っ向から否定するものだった。


不完全な人間が持つ、しかし何物にも代えがたい「感情」と「自我」の尊厳。


しかし、城塚総長は、そんな田中の言葉を、再び嘲笑した。


「感情?自我?」城塚総長の声が、部屋に響き渡る。


「そんなものが…本当に、あると…思ってるのか?」



城塚総長の問いかけは、人間の最も根源的な部分に突き刺さるものだった。


彼にとって、感情や自我は、単なる脳内の電気信号や、管理すべき情報に過ぎないのかもしれない。


あるいは、存在しない幻想であると信じているのかもしれない。


ここから、物語は、物理的な対決だけでなく、思想的な対決の最終局面へと突入する。


人間の不完全さ、支配、そして、感情と自我の存在意義を巡る、壮絶な議論が始まるのだ。



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